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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
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白衣の男

昼。


王城医療局。


窓から薄い光が差し込んでいた。


廊下を歩く者は少ない。


だが。


奥の一室だけは違った。


「次」


短い声。


机の向こう。


ミークニー・ザッカーが書類を見ている。


白衣。


眼鏡。


疲れた顔。


机の上には診療記録。


薬品報告。


地方医療申請。


そして。


山積みの紹介状。


扉が開く。


若い女官が入ってきた。


腕を押さえている。


緊張した顔。


ミークニーが視線を向ける。


「どうしました?」


「その……火傷を」


包帯を外す。


赤く腫れていた。


ミークニーは無言で確認する。


そして。


「ああ」


「これは痛いですね」


静かな声だった。


女官が少しだけ肩の力を抜く。


ミークニーが薬瓶を取る。


「いつです?」


「昨日です」


「すぐ来るべきでした」


「申し訳ありません……」


「怒ってませんよ」


即答だった。


ミークニーは淡々と薬を塗る。


動きに無駄がない。


女官は少し不思議そうに彼を見る。


「……典医殿って」


「はい?」


「もっと怖い方かと思ってました」


ミークニーの手が止まる。


数秒。


「よく言われます」


「そんなに怖そうですかね」


「樹海帰還者ですし……」


「ああ」


妙に納得した顔をする。


「それは仕方ないですね」


女官が少し笑う。


ミークニーは包帯を巻き直した。


「数日は水仕事を避けて下さい」


「あと熱が出たらすぐ来る事」


「はい」


女官が頭を下げる。


そして。


少し躊躇ってから聞いた。


「あの……新聞、読みました」


ミークニーが嫌そうな顔をした。


「あれですか」


「はい」


「格好良かったです」


「やめて下さい」


即答。


女官が吹き出す。


ミークニーは本気で嫌そうだった。


「事実の三割増しです」


「三割ですか?」


「五割かもしれません」


「もっとでは?」


「それは記者に聞いて下さい」


小さな笑い。


部屋の空気が少し和らぐ。


その時。


廊下が少し騒がしくなった。


女たちの声。


早い足音。


「典医殿は!?」


扉が勢いよく開く。


飛び込んできたのは若い女官だった。


顔色が悪い。


息も荒い。


「北棟で食中毒です!」


「十数人が倒れて……!」


空気が変わる。


ミークニーが立ち上がった。


一瞬だった。


さっきまでの柔らかな空気が消える。


目付きが変わる。


「症状は」


「嘔吐と下痢、それから高熱も……!」


「食事は同じ物を?」


「は、はい!」


ミークニーは白衣を翻す。


「隔離」


「吐瀉物に触れた者は手を洗わせて下さい」


「水は煮沸」


「あと厨房を閉鎖」


矢継ぎ早だった。


女官たちが呆気に取られる。


ミークニーが振り返る。


「早く」


低い声。


それだけで空気が動いた。


女官たちが慌てて走り出す。


ミークニーも廊下へ向かう。


その背を。


さっきの女官が呆然と見ていた。


樹海帰還者。


英雄。


新聞の中の男。


だが。


今目の前に居たのは。


命が危ないと聞いた瞬間、迷わず走り出す医者だった。


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