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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
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焼き菓子と視線

王城へ戻る馬車の中。


小さく車輪が揺れている。


窓の外。


夕暮れ前の王都。


橙色の光。


行き交う人々。


オーレリアは向かい側へ座っていた。


そして。


その正面。


メローペは無言だった。


膝の上。


小さな紙袋。


パン屋の焼き菓子が入っている。


オーレリアがちらりと見る。


「お気に召しました?」


「別に」


即答。


オーレリアの口元が緩む。


「では何故お持ち帰りを?」


「……食べ切れなかっただけだ」


「そうですか」


絶対信じていない顔だった。


メローペが窓へ視線を向ける。


しばらく沈黙。


やがて。


ぽつりと呟く。


「……変な店だった」


オーレリアが笑う。


「ええ」


「変な方々ですわ」


メローペの脳裏へ。


エプロン姿の男が浮かぶ。


小麦粉。


困ったような顔。


少し不器用な敬語。


そして。


あの笑顔。


「…………」


何故だろう。


王城へ戻った今も。


まだ、店の匂いが残っている気がした。


焼き立てのパン。


甘い菓子。


暖かな空気。


戦争も。


政争も。


陰謀もない場所。


そんなもの。


王城では滅多に存在しない。


メローペが小さく息を吐く。


「理解できん」


「何がです?」


「……あの男だ」


オーレリアは黙って続きを待った。


メローペが静かに言う。


「私が第四王女だと分かった時」


「恐れているようでもあった」


「だが、媚びる感じがない」


「妙に自然だった」


オーレリアが少し考える。


「そういう方ですから」


「変わっているな」


「はい」


即答だった。


メローペが僅かに眉を寄せる。


「お前、随分あの店へ通っているな」


「焼き菓子が美味しいので」


「それだけか?」


オーレリアが笑う。


「どうでしょう?」


メローペは視線を細めた。


だが。


それ以上は聞かなかった。


馬車が揺れる。


夕暮れの光が差し込む。


その時。


オーレリアがふと思い出したように言う。


「そういえば」


「殿下が笑われた時、ユーリイ殿かなり驚いておられましたわ」


メローペの動きが止まる。


「……笑ってなどいない」


「笑っておりました」


「笑っていない」


「はいはい」


完全に子供扱いだった。


メローペが不機嫌そうに窓を見る。


だが。


耳だけ少し赤かった。


オーレリアはそれを見て、小さく微笑む。


王都の夕暮れ。


馬車は静かに王城へ帰っていく。


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