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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
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パン屋の昼下がり

昼時。


王都南区。


石畳の通りは賑わっていた。


焼き立ての匂い。


笑い声。


荷車。


子ども。


そして。


「いらっしゃい」


ユーリイ・シーゲルは、いつものように店頭へ立っていた。


小麦粉が少し頬についている。


エプロン姿。


軍人には見えない。


英雄にも見えない。


ただのパン屋だった。


「兄ちゃん!いつもの!」


「はいはい」


常連の子どもへ紙袋を渡す。


「熱いから気を付けろよ」


「わかってる!」


元気よく走っていく。


その様子を見て。


店の奥でタッカーが頷いた。


「良い接客だ」


「接客業の基本は笑顔と愛嬌」


「あと勢い」


ユーリイが乾いた声を返す。


「最後雑だな」


タッカーは真顔だった。


「パンも人生も勢いだ」


「知らんけど」


その時。


鈴が鳴る。


扉が開いた。


入ってきた瞬間。


店の空気が少し止まった。


長い金髪。


上質な外套。


護衛を伴った女。


オーレリアだった。


そして。


その隣。


フードを深く被った女が一人。


ユーリイの視線が、隣の人物へ向く。


フードの奥。


僅かに見える白い顎。


その女は、少し不機嫌そうだった。


「…………」


ユーリイが小さく息を呑む。


「……第四王女殿下」


オーレリアがにこやかに微笑む。


「ご名答ですわ」


メローペが睨んだ。


「声が大きい」


ユーリイが慌てて頭を下げる。


「失礼致しました」


店内の客たちはまだ気付いていない。


タッカーだけが、ふっと口元を緩めた。


「へぇ」


「黒パン一斤で国が揺れる日が来るとはな」


ユーリイが嫌な顔をする。


「変な言い方するな」


オーレリアは完全に面白がっていた。


「せっかくですし、お勧めを頂けます?」


ユーリイが困ったように頭を掻く。


「いや……普通の店ですよ?」


「知っておりますわ」


メローペは黙ったまま店内を見ていた。


棚。


焼き立てのパン。


笑う子ども。


働く人々。


戦後の王都。


その片隅にある、ありふれた景色。


だが。


何故か少し落ち着かなかった。


ユーリイがトレーを持ってくる。


「とりあえず、食べやすい物を」


「甘い物はお嫌いではありませんか?」


メローペが僅かに視線を上げる。


「……嫌いではない」


「では、こちらを」


焼き菓子を置く。


メローペが小さく口へ運ぶ。


沈黙。


オーレリアがにこにこしている。


ユーリイは少し緊張していた。


そして。


メローペがぽつりと言う。


「……美味い」


その瞬間。


タッカーが腕を組みながら深く頷いた。


「美味いのはあたりマエダのクラッカー」


店内が静まる。


ユーリイが真顔になる。


オーレリアが吹き出す。


メローペの動きが止まった。


数秒後。


「……何だそれは」


タッカーが遠い目をした。


「知らん」


ユーリイが頭を抱える。


「知らんなら言うな……」


オーレリアは耐えきれず笑っていた。


メローペは暫く黙っていたが。


やがて。


小さく。


本当に小さく。


笑った。


それを見たユーリイが、少しだけ目を丸くする。


メローペはすぐ真顔へ戻った。


「……見るな」


「申し訳ありません」


ユーリイが苦笑混じりに頭を下げる。


窓の外。


王都の空は青い。


戦争は終わった。


だが。


人はまだ、生きている。


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