簡単な仕事
紙は短い。
場所。
時間。
対象。
それだけ。
余計な説明は一切ない。
ユーリイはそれを折り直す。
癖のような動き。
ポケットに入れる。
歩く。
王都の中心から外へ。
人の流れが変わる。
商人が減る。
職人が増える。
声の質が変わる。
笑い声が低くなる。
通りの幅が少し狭くなる。
屋根の影が長くなる。
目線を上げない。
周囲を見ることもしない。
それでも、見ている。
足音。
会話の切れ目。
視線の動き。
通りの中で、不自然なものを拾っていく。
目的の場所に着く前に、探し始めている。
指定された時間。
まだ早い。
立ち止まらない。
通りを横切る。
角を曲がる。
別の通りに入る。
何も変わらない。
同じような人の流れ。
同じような音。
だが。
一つだけ、浮いている。
動きが遅い。
一定。
周囲と噛み合っていない。
ユーリイは歩く。
近づかない。
離れない。
距離を保つ。
視線を向けない。
だが、外さない。
対象は女。
年は二十代半ば。
服は普通。
目立たない。
それでも、浮いている。
(合ってる)
確信する。
理由は言葉にならない。
歩き方。
足の置き方。
重心の移り方。
全てが少しだけ違う。
尾行する。
真後ろにはつかない。
斜め後ろ。
人の流れを一枚挟む。
対象は気付かない。
あるいは、気付いていても気にしない。
どちらでもいい。
追う。
十分。
二十分。
三十分。
通りを抜ける。
人が減る。
建物の間隔が広がる。
音が減る。
足音が響く。
対象が止まる。
振り返らない。
ただ、立つ。
ユーリイも止まる。
距離は保つ。
風が抜ける。
布が揺れる。
「……いつまでついてくるつもり?」
女が言う。
振り返らないまま。
声は平坦。
ユーリイは答えない。
一歩進む。
距離を詰める。
女が振り向く。
目が合う。
感情はない。
驚きもない。
ただ、確認する視線。
「依頼?」
短く言う。
女はわずかに目を細める。
「……そう」
一拍。
「誰から?」
ユーリイは答えない。
答える必要がない。
女は小さく息を吐く。
「そういうことね」
理解する。
「回収?」
ユーリイは頷かない。
否定もしない。
それで十分だった。
女は肩をすくめる。
「逃げた方がいい?」
ユーリイは動かない。
それが答えだった。
女は数歩下がる。
距離を取る。
姿勢が変わる。
重心が落ちる。
ユーリイも動く。
踏み込む。
速い。
だが。
ユーリイの方が速い。
距離が消える。
手首を取る。
逃げ道を塞ぐ。
無駄がない。
女は抵抗しない。
動きを止める。
「……あっさりね」
「時間がない」
ユーリイが言う。
女は笑う。
「仕事熱心」
ユーリイは何も言わない。
拘束する。
最小限。
それで終わる。
「これで終わり?」
ユーリイは答えない。
動く。
それが答えだった。
歩き出す。
女を連れて。
同じ速度。
同じ歩幅。
違うのは一つ。
隣に人がいる。
それだけ。
通りに戻る。
人の流れ。
視線。
一瞬だけ止まり、すぐに外れる。
見ない。
関わらない。
女が口を開く。
「……それでもやるんだ」
「仕事だ」
一拍。
女はほんのわずかに笑う。
「……まあいいわ」
視線を前に戻す。
「久しぶりに男と話せたし」
ユーリイは何も言わない。
歩く。
紙に書かれていた場所へ。
依頼は簡単だった。
簡単すぎた。
だから残る。
違和感。
(三つ目)
同じ形式。
同じ手順。
同じ結果。
偶然ではない。
だが。
止まらない。
止める理由もない。
「……次はどこだ」
返事はない。
だが——
用意されていることだけは、分かっていた。




