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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊


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曹長の訓練

三十二人の新兵が並んでいる。


朝の空気はまだ冷たい。


だが、整列した身体はすでに熱を帯びている。


ざわついた空気。


ひそひそ声。


視線が前に集まる。


その前に立つのは、小柄な女。


背は高くない。


細い。


装備も軽い。


「曹長のロスっす」


軽い口調。


拍子抜けするほど、軽い。


一瞬、静まる。


だがすぐにざわめきが戻る。


「……あれ?」


「え、あれが?」


「聞いてたのと違くないか?」


誰かが小声で言う。


「英雄曹長って、もっと……」


言葉を濁す。


別の新兵が引き継ぐ。


「でかくて、もっとこう……」


「化け物みたいなやつかと」


笑いが漏れる。


「なんだよ、普通じゃん」


「ちっさ」


後列にいる一人の新兵が鼻で笑う。


体格はいい。


訓練でも上位。


(あれが英雄?)


内心で舌打ちする。


軽い。


細い。


隙だらけに見える。


ロス曹長は気にしない。


視線も向けない。


聞こえていないわけではない。


聞く必要がないだけだった。


「今日から一週間、自分が担当するっす」


「自分の担当って、7日間あるんすよね」


一拍。


軽く首を傾げる。


「んーっ、よし!最初の三日間、鬼ごっこしましょう」


ざわめき。


何人かが顔を見合わせる。


笑いが混じる。


ロス曹長は続ける。


「みんなは自分が出発して、三十分後にスタートっす」


「判定は簡単っす」


指を一本立てる。


「自分を目視して、声をかける」


もう一本。


「それか、自分の身体に触れる」


「どっちでもいいっす」


「成立した時点で終了」


「まぁ、普通の鬼ごっこっすね」


後列の新兵が口の端を上げる。


(こんなの三日もいらない)


(一日あれば、捕まえられる。)


ロス曹長は続ける。


「追加ルールっす」


「逆に自分から触ったり声をかけることも出来るっす」


「やり返された人はその場で終了」


「この部屋に戻って待機すること」


一拍。


「そうっすね」


少しだけ口元を緩める。


「頑張った人にはご褒美をあげるっすよ」


新兵たちの視線が揃う。


「一日生き延びた人には、一個」


「二日なら二個」


「三日持ったら——」


わずかに間。


「ドーンと五個」


「王都で一番美味いパン、1ヶ月毎日奢るっす」


一瞬、沈黙。


「……パンっすか」


苦笑が漏れる。


ロス曹長はあっさり返す。


「陸軍の給料、安いっすからね」


小さな笑い。


空気が緩む。


先ほどの新兵が前に出る。


自信ありげな顔。


「だったら、美味いパンご馳走になろうかな」


周囲を見回す。


「毎日五個も食えねぇし、余ったらお前らにもやるよ」


笑いが広がる。


ロス曹長はそれを見て、何も言わない。


ただ一言。


「開始っす」


三十分後。


新兵たちは散開する。


雑木林。


廃屋。


視界は悪くない。


隠れる場所も多い。


(囲めばいい)


数で押す。


単純な話だ。


一時間。


何も起きない。


二時間。


誰も見つけられない。


焦りが出る。


「おい、いたか?」


「いや」


「どこだよ」


三時間目。


一人、消える。


誰も見ていない。


気付いた時には、いなかった。


(どこいった?)


視線を巡らせる。


その瞬間。


「終了っす」


耳元。


振り向く。


肩に手が置かれている。


(いつの間に)


気配がない。


足音もない。


ただ、そこにいた。


次の瞬間にはいない。


「おい!」


声が上がる。


別の方向でも。


「やられた!」


混乱。


連携が崩れる。


位置が分からない。


(落ち着け)


呼吸を整える。


耳を澄ます。


風。


葉の音。


それだけ。


背中に冷たいものが走る。


「終了っす」


また、背後。


反応が遅れる。


触れられている。


終わり。


三時間後。


全滅。


誰も触れられなかった。


誰も声をかけられなかった。


ただ、消えていった。


「……は?」


「一日目、午前終了っす」


ロス曹長は軽く言う。


「じゃあ罰として——残りは走るっすよ」


文句は出ない。


出せない。


理由が分からない。


日が落ちるまで走らされる。


足がもつれる。


息が切れる。


だが止まれない。


翌日。


誰も笑わない。


誰も軽口を叩かない。


「今日は自分が鬼になります」


「自分は君たちが出発した一時間後に出発するっす」


開始。


一時間。


誰も動かない。


隠れる。


待つ。


(探すな)


昨日で理解した。


探した瞬間、終わる。


二時間後。


それでも、終わる。


気配がない。


音がない。


視界の外から来る。


「終了っす」


背後。


「終了っす」


横。


「終了っす」


前。


理解が追いつかない。


全滅。


「夕暮れまで走って二日目終了っす」


ロス曹長は笑う。


だが目は笑っていない。


その後の五日間。


走る。


考える。


動く。


止まらない。


止まった者から、消える。


隠れても意味がない。


逃げても逃げ切れない。


連携は成立しない。


常に一歩遅れる。


壊される。


作り直される。


繰り返す。


少しずつ変わる。


無駄が削られていく。


残るのは、動きだけ。


訓練ではない。


矯正だった。

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