第4王女
王宮の一室。
窓から差し込む光が、机を静かに照らしている。
磨かれた床。
余計なもののない空間。
外の喧騒は、ここまでは届かない。
音は遮られ、空気だけが流れている。
メローペは書類から目を上げた。
指先で紙を押さえたまま。
「それで」
「例の件は?」
彼女の側近の一人、マルグリット・ヴァレールが一歩前に出る。
無駄のない動き。
距離を測った位置で止まる。
「姫が進めていた調査ですが」
「最適な人物が見つかりました」
「……誰?」
視線は鋭くない。
だが、逸らすことは許されない。
「ユーリイ・シーゲル」
メローペの指が、わずかに止まる。
ほんの一瞬。
だが確かに。
視線が変わる。
「……彼?」
「ええ」
マルグリットの声は変わらない。
「現在は何でも屋のようなことをしています」
「時折、同僚だった男の元でパン屋の手伝いも」
メローペは椅子に体を預ける。
視線を外す。
天井ではなく、窓でもなく。
どこでもない一点に。
「……穏やかね」
「はい」
「でも」
視線を戻す。
「使えるの?」
マルグリットは即答する。
「既に三件、依頼を出しています」
メローペの視線が鋭くなる。
空気が張る。
わずかに。
だが、確実に。
「勝手に?」
「殿下の裁量の範囲内で」
一拍。
責任を問う間。
「……内容は」
「追跡、回収、調査」
「それで結果は?」
「すべて完了」
間を置かずに続ける。
「いずれも、完璧に」
静寂が落ちる。
音が消える。
マルグリットは動かない。
メローペも動かない。
時間だけが過ぎる。
「いずれも単独です」
メローペは息を吐く。
「変わっていないのね」
その言葉は、確認だった。
評価ではない。
「……第893小隊は?」
唐突に聞こえる。
だが、流れの中にある。
マルグリットの目が、わずかに揺れる。
「既に、機能していません」
「……そう」
「生存者の多くは除隊」
「残った者も、散っています」
「現在の同番号部隊は存在しますが」
「別物です」
メローペは視線を落とす。
机の上の書類に。
だが、文字は追っていない。
「そうでしょうね」
静かに言う。
「同じものが、そう簡単に残るはずがない」
一瞬の沈黙。
記憶を辿るようでいて。
実際には、切り捨てている。
「……あの森を越えた者たちよ」
小さく呟く。
軽く扱う言葉ではない。
それを知っている者だけが、この部屋にいる。
マルグリットは何も言わない。
言う必要がない。
メローペは顔を上げる。
「いいわ」
「彼に依頼する」
「直接、会う必要は?」
「不要よ」
即答。
迷いはない。
「まずは仕事で見る」
「人となりは、その後でいい」
側近が一礼する。
「承知しました」
動きに無駄はない。
だが急がない。
部屋を出る直前で、わずかに止まる。
「……監視は?」
背を向けたまま問う。
メローペは答える。
「必要ない」
一拍。
「見るのは、向こうの方よ」
マルグリットは何も言わず、部屋を出る。
扉が静かに閉まる。
音はほとんどない。
再び静寂。
メローペは書類に視線を戻す。
だが、すぐには文字を追わない。
ほんのわずかに、考える間。
「……何でも屋、ね」
小さく呟く。
その声音は、わずかに興味を含んでいた。
そして同時に。
値踏みする者のそれでもあった。
まだ、判断は下していない。
だが。
見極める価値はあると。
そう結論づけていた。




