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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
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第四王女の視線

昼下がり。


王城第四執務室。


窓から柔らかな光が差し込んでいる。


机の上には書類。


封蝋。


報告書。


そして。


未処理の山。


メローペは黙ってそれを見ていた。


ペンを置く。


小さく息を吐く。


「……多い」


隣でオーレリアが微笑む。


「減ってはおりますわよ」


「昨日より三枚ほど」


「誤差だろう」


即答。


マルグリットが書類を捲る。


「地方予算調整が増えています」


「戦後処理ですね」


メローペは椅子へ身体を預けた。


疲れていた。


戦争が終われば落ち着く。


そんなものは幻想だ。


むしろ逆だった。


戦後の方が、人は揉める。


金。


土地。


責任。


補償。


全部が絡む。


その時。


ふと。


メローペの手が止まった。


視線が窓へ向く。


青空。


王都。


そして。


何故か。


パン屋の男の顔が浮かんだ。


「…………」


オーレリアが気付く。


「どうかなさいました?」


「いや」


メローペが目を逸らす。


「別に」


だが。


少し間があった。


オーレリアの口元が僅かに緩む。


マルグリットは黙っている。


気付いている。


だが言わない。


メローペが書類へ視線を戻す。


「最近、街へ出ているそうだな」


オーレリアがぱちりと瞬く。


「はい?」


「お前たちだ」


「ああ」


オーレリアが笑った。


「焼き菓子の件ですか」


「昨日お持ちしたフィナンシェも、あのお店のものですわ」


「そういう話ではない」


少し早口だった。


オーレリアの笑みが深くなる。


「まあ」


「では、どういうお話でしょう?」


「……行き過ぎではないかと言っている」


「かなり親しくなっているように見える」


マルグリットが静かに咳払いした。


オーレリアは完全に面白がっていた。


「んー……?」


わざと考えるように首を傾げる。


「ああ、そういうことですか」


メローペの眉がぴくりと動く。


「何だその顔は」


「別に?」


オーレリアは楽しそうだった。


「今度ご一緒します?」


「行かん」


即答。


だが。


少し早かった。


オーレリアが耐えきれず吹き出す。


「ふふっ……」


メローペが睨む。


「何が可笑しい」


「いえ」


オーレリアは笑みを隠しきれていない。


「殿下も気になっておられるのだなと」


「誰が」


「パン屋さんですわ」


「違う」


否定も早い。


マルグリットが静かに視線を逸らした。


笑わない。


だが。


肩が少しだけ震えている。


メローペが机を軽く叩く。


「そもそも、あの男は何なんだ」


部屋が少し静かになる。


オーレリアが笑みを引っ込めた。


メローペは小さく呟く。


「英雄のようでもない」


「騎士らしくもない」


「なのに、あの時」


鐘楼崩落。


黒装束。


水道橋。


あの混乱の中。


ユーリイ・シーゲルは、迷わなかった。


恐怖も。


忠誠も。


名誉も。


あまり感じさせなかった。


ただ。


“全員で帰る”


それだけで動いていた。


メローペは静かに目を伏せる。


「……意味が分からん」


その呟きに。


オーレリアが少しだけ優しい顔をした。


「だから気になるのでは?」


メローペは返事をしなかった。


窓の外。


王都の空は青い。


平和な昼。


だが。


彼女の中にはまだ、あの日の鐘の音が残っていた。


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