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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
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黒い羽根

王城医務室。


消毒薬の匂い。


包帯。


怒号。


そして。


クレールの声が響いていた。


「マルグリット、あなたが付いていながら殿下を危険な目に遭わせるって何考えるの!」


珍しく感情を露わにした声だった。


マルグリットは黙って立っている。


反論しない。


言い訳もしない。


ただ。


視線だけが静かだった。


「市場で爆発騒ぎまで起きたって聞いたわよ!?」


「しかも鐘楼崩落って何!?」


「一歩間違えば——」


「クレール」


メローペが静かに止める。


クレールが言葉を飲み込んだ。


部屋が静かになる。


エリスが困ったように微笑む。


「……でも、皆さん無事でした」


「そこは良かったです」


リュシエンヌが肩を竦める。


「無事、ねぇ」


「そこにいる男なんか半分死んでいるんだけど」


奥の寝台から声。


「死んでねぇ……」


タッカーだった。


全員の視線が向く。


包帯だらけ。


顔色も悪い。


なのに。


まだ口は動く。


リナが真顔で頷く。


「しぶといっすね」


「墓石キャンセルしとくっす」


「最初から作るな……」


呻くタッカー。


その横。


椅子へ座っていたユーリイが小さく笑った。


だが。


その目は笑っていない。


アデルハイトが静かに口を開く。


蒼い髪が灯りを反射する。


「問題は別にあります」


全員の視線が向く。


「王城内部の伝令鴉が外部で使われていた」


「さらに中央衛兵隊の動きも不自然でした」


「つまり」


「王城側へ手を入れている者がいる」


空気が冷える。


クレールが表情を曇らせた。


「……どこまで?」


「不明です」


アデルハイトは即答する。


「ですが少なくとも」


「末端ではありません」


マルグリットが低く呟く。


「灰銀の女か」


その名前のない呼び方だけで。


全員が誰の事か理解した。


リュシエンヌが苦笑する。


「なんかラスボス感あるわね、あの人」


リナが真顔で頷く。


「笑い方が怖いんすよ」


ユーリイは黙っていた。


黒い羽根を見ている。


あの女。


最後。


確かにこちらを見ていた。


そして。


『生き延びなさい』


そう言ったように見えた。


なぜ。


敵なのか。


味方なのか。


それすら分からない。


だが。


一つだけ分かる。


あの女は。


自分たちを知っている。


もっと言えば。


“ネメシス・ペルサキス”を知っている。


その時だった。


控えめなノック。


部屋へ入ってきた近衛兵が敬礼する。


「メローペ王女殿下」


「陛下がお呼びです」


空気が少し変わる。


メローペが立ち上がった。


そして。


部屋を出る直前。


一度だけ振り返る。


視線は。


ユーリイたちへ向いていた。


「……今日は助かった」


静かな声。


だが。


少しだけ柔らかかった。


ユーリイが頭を掻く。


「殿下無茶しすぎです」


「うるさい」


即答。


だが。


その声に少し笑いが混ざっていた。


メローペが部屋を出る。


扉が閉まる。


静寂。


その時。


窓の外。


夜空を、一羽の黒い鴉が横切った。


ユーリイは黙ってそれを見る。


黒い羽根。


灰銀の女。


ネメシス。


王都の腐敗。


何かが。


静かに動き始めていた。


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