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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
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生還者

轟音。


鐘楼が崩れる。


巨大な鐘が石畳へ叩き付けられ、王都全体へ凄まじい音が響いた。


悲鳴。


土煙。


逃げ惑う人々。


だが。


ユーリイたちは止まらない。


「走れ!!」


ユーリイの声。


全員が即座に動く。


崩れる屋根。


舞う瓦。


普通なら足を止める。


だが。


十九人の生還者は違った。


リナが最初に飛ぶ。


細い梁を蹴る。


次の瞬間には三軒先の屋根へ着地していた。


タッカーが続く。


肩から血を流しながら。


それでも速度は落ちない。


マルグリットが低く呟く。


「……本当に化け物だな」


その言葉に。


ユーリイが短く返す。


「マルグリットさんもです」


返答が早い。


迷いがない。


マルグリットは一瞬だけ目を見開く。


だが。


次の瞬間には理解していた。


そうだ。


自分もまた。


樹海を越えた側だった。


死にかけ。


古代文明の遺跡へ辿り着き。


肉体を作り替えられ。


それでもなお生きている。


正常ではない。


その時。


後方。


黒装束が追ってくる。


七。


まだ減っていない。


リナが振り返りながら悪態をつく。


「しつこいっすねぇ!!」


矢。


放たれる。


ユーリイが即座に叫ぶ。


「右!!」


全員が反射で動く。


次の瞬間。


矢が屋根を貫いた。


マルグリットの目が細くなる。


速い。


判断が。


声が。


全て。


まるで長年同じ戦場を生きた部隊のようだった。


いや。


実際、生きてきたのだ。


樹海を。


その時。


タッカーがふらつく。


「おい!」


ユーリイが腕を掴む。


タッカーが顔をしかめた。


「……平気だ」


「肩貫かれて平気な訳あるか」


「気合だ」


「雑!」


リナが叫ぶ。


だが。


誰も止まらない。


止まれば死ぬ。


それを知っている。


マルグリットは、その空気を理解していた。


正規軍。


護衛官。


教本。


そんなもの。


樹海では意味がない。


生き残る者だけが正しい。


その時。


前方。


古い水道橋が見えた。


ユーリイが即座に指差す。


「あそこ抜けます!」


「狭いぞ!」


マルグリットが返す。


「だからいい!」


即答。


「人数で押せない!」


その判断速度。


やはり異常だった。


だが。


マルグリット自身も否定できない。


それが最善だ。


リナが笑う。


「ほんと狭い場所好きっすね!」


「嫌いだ!」


「説得力ないっす!」


そんな軽口の直後。


矢。


今度はタッカーの脇腹を掠めた。


「っ……!」


空気が変わる。


ユーリイとリナの目から感情が消える。


マルグリットは知っている。


この空気。


戦場の空気。


“仲間を傷付けられた兵士”の目だ。


次の瞬間。


リナが反転した。


速い。


黒装束の懐へ潜り込む。


短剣。


一閃。


相手が崩れる。


だが。


動きに無駄がない。


怒りではない。


処理。


ユーリイも同じだった。


瓦を蹴る。


黒装束の足場を崩す。


落下。


悲鳴。


殺すためではない。


生き残るため。


その動きは。


マルグリットが知る軍人とは少し違った。


もっと獣じみている。


もっと実戦的だった。


その時。


後方から更に足音。


増援。


マルグリットが剣を構える。


「ここは私が——」


「駄目です」


ユーリイが即座に遮る。


「だが!」


「一人残る奴から死ぬ」


低い声だった。


樹海の言葉。


マルグリットは息を呑む。


その理屈を。


理解してしまった。


置いていく者。


囮。


殿。


樹海では。


そういう者から死んだ。


だから。


この人たちは。


絶対に一人を残さない。


メローペが静かに言う。


「全員で帰る」


短い言葉。


だが。


十九人の生還者にとって。


それは命令だった。


ユーリイが頷く。


「……了解」


次の瞬間。


全員が水道橋へ飛び込む。


狭い石造りの通路。


薄暗い。


だが。


だからいい。


大人数では追えない。


ユーリイが息を吐く。


「抜けられる……!」


その時。


出口。


逆光。


人影。


マルグリットが反射で剣を向ける。


だが。


次の瞬間。


聞こえた声で全員が止まった。


「殿下!!」


王城近衛。


完全武装。


援軍だった。


張り詰めていた空気が、一気に切れる。


その瞬間。


タッカーがその場へ倒れ込んだ。


ユーリイが覗き込む。


「大丈夫か?」


タッカーは虚ろな目で答えた。


「大丈夫」


「俺は死んだ」


「生きてるだろ」


即答。


リナが真顔で頷く。


「墓立ててやるっす」


「パン屋ここに眠るって」


「せめて名前書け……」


タッカーが呻く。


近衛兵たちが呆然と固まる。


血塗れ。


ボロボロ。


なのに笑っている。


マルグリットは小さく息を吐いた。


——ああ、そうだった。


これが。


あの時、樹海へ潜り。


生きて帰還した者たちなのだ。


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