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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
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灰銀の女

鐘の音が響く。


ゴォン——……


王都全体がざわついていた。


だが。


黒い馬車の周囲だけが妙に静かだった。


灰銀の髪を揺らしながら、女が笑う。


「随分と生き延びたものね」


その声は柔らかい。


まるで旧友へ話しかけるようだった。


だが。


ユーリイたちの空気は張り詰めたままだった。


リナが小さく呟く。


「知り合いっすか?」


「知らない」


ユーリイが即答する。


だが。


視線は逸らさない。


女は楽しそうに目を細めた。


「そう警戒しないで」


「今日は殺しに来た訳じゃないの」


タッカーがぼそりと漏らす。


「今日はって言ったぞ今」


「聞こえたっす」


リナが真顔で頷く。


メローペが一歩前へ出る。


マルグリットが即座に止めようとする。


「殿下——」


「よい」


静かな声だった。


だが。


王族の声だった。


メローペが女を見下ろす。


「何者だ」


女は一瞬だけ目を細める。


その仕草が妙に優雅だった。


「名乗るほどの者ではないわ」


「でも、そうね」


「貴女には少し興味がある」


その言葉で。


空気が冷える。


マルグリットの手が剣へ掛かる。


ユーリイが小さく動いた。


半歩だけ。


メローペの前へ。


それを見て。


女が笑った。


「なるほど」


「本当にそういう関係なのね」


ユーリイの眉が動く。


「何が言いたい」


「別に?」


女は肩をすくめる。


「ただ」


「第四王女殿下が、そこまで“不能者”へ執着するとは思わなかっただけ」


空気が変わる。


リナの目が細くなる。


タッカーの顔から笑みが消えた。


マルグリットも殺気を隠さない。


だが。


一番先に動いたのは。


メローペだった。


「訂正しろ」


静かな声。


だが。


怒気があった。


女が少し驚いた顔をする。


メローペは続ける。


「彼らは不能者などではない」


「余の騎士だ」


沈黙。


風が吹く。


鐘の音だけが遠く響いていた。


そして。


女はゆっくり笑った。


「……ああ」


「なるほど」


その目が。


初めて少しだけ真剣になる。


「ネメシス・ペルサキスの系譜か」


その名が出た瞬間。


空気が凍る。


ユーリイの目が細くなる。


マルグリットが息を呑む。


メローペの表情も変わった。


女はそんな反応を楽しむように続ける。


「逆賊の忠臣」


「随分と厄介なものを残したのね、彼女」


ユーリイの声が低く落ちる。


「……教官を知ってるのか」


女は答えない。


代わりに。


ゆっくりとユーリイを見る。


まるで品定めするように。


「黒」


小さな呟きだった。


「やっぱり貴方、よく似てる」


ユーリイの背筋に寒気が走る。


何に?


誰に?


問い返すより早く。


女がふっと笑った。


「今日は顔合わせだけ」


「でも、気を付けなさい」


「王都は、貴方たちが思ってるよりずっと腐ってる」


その瞬間。


遠くで爆発音。


——ドォン!!


全員の視線が動く。


煙。


市場方向。


悲鳴。


次の瞬間。


女の周囲へ黒装束が降り立った。


「っ!」


リナが短剣を抜く。


だが。


遅い。


煙玉。


白煙。


視界が塗り潰される。


マルグリットが叫ぶ。


「殿下!!」


ユーリイが即座にメローペの腕を掴む。


「離れるな!」


煙が晴れた時。


黒い馬車は。


もう消えていた。


残っていたのは。


石畳の上に落ちた、一枚の黒い羽根だけだった。


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