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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
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鐘の音

白い布が舞う。


悲鳴。


怒号。


市場の喧騒へ紛れるように。


ユーリイたちは屋根伝いに走っていた。


リナが先頭。


次いでメローペ。


マルグリット。


タッカー。


最後尾がユーリイ。


その並びが妙に自然だった。


「追ってきてるっす!」


リナが振り返りながら叫ぶ。


後方。


黒装束が二人。


まだ屋根を追ってきている。


タッカーが息を切らす。


「しつけぇ……!」


「足止めだけでも十分なんでしょうね」


ユーリイは後ろを見ずに返した。


「目的は“捕まえる”じゃなく、“止める”かもしれない」


マルグリットが眉をひそめる。


「誰のためにだ」


「それが分からないのが一番嫌です」


短い返答。


その時。


遠くで鐘が鳴った。


ゴォン——……


重い音。


王都中央鐘楼。


マルグリットの顔色が変わる。


「警戒鐘……?」


リナが嫌そうな顔をした。


「最悪っす」


「どういう意味だ」


「憲兵と衛兵が動き出す」


タッカーが低く続ける。


「つまり、王都全体が閉まり始める」


マルグリットは即座に理解する。


封鎖。


検問。


巡回増強。


だが。


それは本来。


王女を守る側へ有利なはずだった。


なのに。


ユーリイたちの顔色は悪い。


「……なぜそんな顔をする」


ユーリイが低く返す。


「この状況で警戒鐘が鳴るの、早すぎるんです」


沈黙。


「誰かが先に動かしてる」


その言葉で。


マルグリットの背筋が冷える。


王都の警備機構へ。


既に手が入っている。


その可能性。


その時。


前方。


鐘楼の向こう。


別の屋根に人影。


弓。


三人。


「伏せろ!」


ユーリイが叫ぶ。


矢が飛ぶ。


瓦が砕ける。


リナが転がるように避けた。


タッカーが悪態をつく。


「王都で何やってんだよこいつら!」


「樹海より治安悪いっす!」


リナが即答する。


メローペが小さく息を吐く。


「笑えんな」


だが。


少しだけ口元が緩んでいた。


樹海以来だった。


死地で軽口を叩く空気。


その瞬間。


ユーリイが急停止した。


「止まれ!」


全員が止まる。


次の瞬間。


前方の屋根が崩れた。


——ガァン!!


木材が落ちる。


完全に踏み抜かれていた。


マルグリットの顔が険しくなる。


「誘導……!」


「完全に読まれてる」


ユーリイの声が低い。


「でも」


視線が動く。


煙突。


細い梁。


隣家。


距離。


「まだ抜けられる」


その時。


下の通り。


重装備の衛兵隊が走っていくのが見えた。


槍。


盾。


完全武装。


その先頭。


赤い外套。


マルグリットが目を見開く。


「あれは……中央衛兵隊?」


本来。


王城防衛クラスの部隊だった。


こんな市場近辺へ出る規模ではない。


ユーリイの顔から笑みが消える。


「……嫌な予感しかしない」


リナが乾いた声を出す。


「今日ずっとそれっすよ」


「当たってるのが嫌なんだ」


即答だった。


その時。


メローペが、ふと視線を下へ向ける。


広場。


人混み。


その奥。


黒い馬車。


窓が閉ざされている。


紋章はない。


だが。


妙に静かだった。


護衛もいない。


なのに。


周囲だけ人が避けている。


メローペの目が細くなる。


「……あれだ」


空気が変わった。


ユーリイが即座に視線を向ける。


一瞬。


本当に一瞬。


馬車の窓の隙間から。


誰かと目が合った。


女。


笑っていた。


さっきの女だった。


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