屋根の上
石壁を蹴る。
リナが最初に登った。
細い水路の出っ張りへ足を掛け、そのまま屋根へ身体を引き上げる。
「上クリア!」
ユーリイがメローペを見る。
「殿下」
「分かっている」
返答が早い。
メローペは木箱へ足を掛け、一気に壁を登った。
動きに迷いがない。
マルグリットが目を見開く。
王女の動きではない。
完全に実戦の登攀だった。
タッカーがぼやく。
「王族が屋根登ってる絵面じゃねぇな……!」
「今更っすよ!」
リナが上から手を伸ばす。
マルグリットも即座に続いた。
最後にユーリイ。
壁を蹴り、屋根へ上がる。
その瞬間。
下の路地へ追手が飛び込んできた。
「上だ!!」
怒号。
矢が飛ぶ。
ユーリイが即座に伏せる。
矢が屋根瓦を砕いた。
「うわ、容赦ねぇ」
タッカーが顔をしかめる。
リナが屋根の端から下を覗く。
「七……いや八っす」
「もっといるな」
ユーリイは即座に周囲を見る。
屋根。
煙突。
物干し。
隣家との距離。
全部確認している。
マルグリットは、それを見ていた。
速い。
判断が異常に速い。
しかも。
誰も指示待ちをしていない。
全員。
勝手に役割が噛み合っている。
樹海で積み上げたものだと、嫌でも分かった。
その時。
下から怒鳴り声。
「逃がすな!」
同時に。
別方向の屋根から、人影が飛び出した。
黒装束。
短剣。
軽い。
リナの顔が険しくなる。
「うわ、面倒なの来たっす」
黒装束の女が、屋根を蹴って迫る。
速い。
だが。
ユーリイの方が早かった。
落ちていた瓦を蹴る。
黒装束の足元へ飛ぶ。
一瞬だけ体勢が崩れる。
そこへ。
リナが突っ込んだ。
金属音。
短剣同士が噛み合う。
「っ!」
相手が驚いた顔をする。
リナが笑った。
「樹海より狭いっすね!」
蹴り。
黒装束が後退する。
その瞬間。
別方向。
矢。
ユーリイがメローペを引いた。
矢が髪を掠める。
マルグリットが即座に剣を抜く。
「下がってください殿下!」
「いや」
メローペの声は妙に冷静だった。
「右の屋根だ」
ユーリイが即座に視線を向ける。
いた。
弓手。
「見えてたんですか」
「さっき光った」
短い返答。
樹海で磨かれた感覚だった。
ユーリイが少しだけ笑う。
「相変わらず目いいですね」
「誰のお陰だ」
その会話の間にも。
追手は距離を詰めてくる。
タッカーが舌打ちした。
「じり貧だぞ!」
「分かってる!」
ユーリイは周囲を見る。
逃走路。
飛び移り。
高さ。
そして。
少し先。
洗濯布が大量に張られた屋根。
「……あそこ使う」
リナが即座に理解した。
「あー、嫌な予感するっす」
「俺もだ」
ユーリイが真顔で返す。
次の瞬間。
走った。
屋根を蹴る。
飛ぶ。
洗濯布の張られた屋根へ突っ込む。
布が舞う。
視界が白く覆われる。
追手の視界も塞がれる。
「散れ!!」
ユーリイが叫ぶ。
全員が別方向へ飛んだ。
布。
屋根。
物干し。
悲鳴。
完全に視界が崩れる。
黒装束たちが足を止めた。
その瞬間。
ユーリイたちは。
王都の屋根の上から、綺麗に消えていた。




