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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
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追跡者

空気が止まる。


『気付かれた』


たったそれだけ。


だが。


ユーリイたちの顔色が変わった。


マルグリットが低く問う。


「誰にだ」


「分かりません」


ユーリイは紙を折る。


視線だけが動いていた。


通り。


屋根。


窓。


人の流れ。


「でも、こっちの動きは見られてる」


リナが小さく舌打ちする。


「最悪っすね」


タッカーが周囲を見る。


「尾行か?」


「それならまだマシっす」


リナの返答は早かった。


「もっと嫌な感じするんすよ」


メローペが静かに口を開く。


「……釣られている?」


誰もすぐには答えなかった。


その沈黙が、逆に肯定だった。


マルグリットは小さく息を吐く。


正規軍なら。


まず包囲。


封鎖。


人数。


だが。


この場にいる生還者たちは違う。


見ているものが違う。


ユーリイが小さく呟いた。


「樹海でよくあった」


「“見つけた”と思ったら、逆に見られてた」


市場の喧騒。


笑い声。


果物を売る声。


平和な王都。


なのに。


呼吸だけが浅くなる。


その時。


リナの視線が止まった。


「……右」


全員の空気が動く。


通りの端。


露店の影。


帽子を深く被った女が立っていた。


年齢は三十前後。


地味な服。


特徴がない。


だが。


視線だけが合った。


一瞬。


本当に一瞬。


その女は。


笑った。


ユーリイの目が細くなる。


次の瞬間。


女は人混みへ消えた。


「っ!」


リナが動く。


だが。


ユーリイの腕が先に出た。


「待て!」


「でも!」


「追うな」


声が低い。


リナが息を呑む。


ユーリイは視線を動かさない。


「今の、追わせる動きだ」


タッカーが小さく頷いた。


「撒き先があるな」


マルグリットが即座に判断する。


「憲兵を呼ぶ」


「駄目です」


ユーリイが即答した。


マルグリットの目が細くなる。


「なぜだ」


「今この周辺、たぶんもう向こうの庭です」


静かな声。


だが。


妙に確信があった。


「動かせば動かすほど見られる」


「下手をすると、殿下の位置まで割れます」


その瞬間。


マルグリットの空気が変わる。


護衛官の顔だった。


メローペが静かに問う。


「……では、どうする」


ユーリイは少し考える。


そして。


「あえて普通に動きます」


「向こうが見てるなら、逆に“気付いてない振り”した方がいい」


リナが嫌そうな顔をした。


「それ、精神的に嫌なやつっす」


「俺も嫌だ」


即答だった。


タッカーが吹き出しそうになる。


こんな状況なのに。


妙にいつも通りだった。


だが。


だからこそ分かる。


ユーリイも緊張している。


本当に危ない時ほど。


この男は妙に喋る。


マルグリットは、それに気付き始めていた。


メローペが小さく笑う。


「……変わらんな」


ユーリイが目を逸らす。


「何のことです?」


「追い詰められるほど、喋る量が増える」


リナが吹き出した。


「それあるっすね」


「樹海でもずっと喋ってたっす」


「うるさい」


「緊張してんのバレるだろ」


タッカーが呆れたように肩をすくめる。


「今更だろ」


ほんの少しだけ。


空気が緩む。


だが。


その瞬間。


ユーリイの目が、ふっと細くなった。


「……あ」


マルグリットが即座に反応する。


「どうした」


ユーリイは通りの先を見ていた。


そこには。


何の変哲もない荷車。


果物籠。


行商人。


だが。


「荷車、さっきから三回見てる」


沈黙。


タッカーの顔から笑みが消えた。


「……おい」


リナが短剣へ手を掛ける。


市場の喧騒は。


まだ続いていた。


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