表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
27/93

選択

夜。


宮中は静まり返っている。


昼間の喧騒が嘘のようだ。


灯りは落とされ、廊下には人の気配も少ない。


その中で、ただ一室だけ灯が残っている。


机の上に書類が並んでいる。


整えられた文字。


整えられた提案。


整えられた未来。


養子縁組に関する報告。


婚姻に関する打診。


家格。


利害。


血統。


すべてが理にかなっている。


メローペはそれを見ている。


目は追っている。


だが、内容は頭に入ってこない。


紙をめくる。


また一枚。


また一枚。


同じことの繰り返しだ。


誰が得をするのか。


どこが安定するのか。


何が正しいのか。


分かる。


分かってしまう。


だからこそ、動けない。


「……はあ」


小さく息を吐く。


静かな部屋に、それだけが残る。


ペンを取る。


書きかける。


止まる。


決めなければならない。


それは分かっている。


だが。


手が動かない。


ーー


ふと、顔を上げる。


窓の外は暗い。


王城の外。


その先に広がる街。


あの中にいるはずだ。


あの男が。


ユーリイ。


何も言わずに去った男。


呼び止めなかった。


止められなかった。


止める理由がなかった。


それでも。


少しだけ、思う。


「……ずるい」


小さく、こぼれる。


自分はここにいる。


ここにいなければならない。


選ばれる立場。


選ばされる立場。


生まれた時から決まっている。


誰の娘か。


どの位置にいるか。


何を求められるか。


すべて、最初から。


「殿下」


声がかかる。


振り返る。


侍女が一人、立っている。


「失礼いたします」


一礼。


音を立てずに近づく。


「本日の書類でございます」


新たな束が差し出される。


まだあるのか。


そう思う。


口には出さない。


「……そこに置け」


短く言う。


侍女は静かに机に置く。


整える。


一歩下がる。


「ご決断のほどを、とのことです」


分かっている。


「……ああ」


それ以上は言わない。


侍女は動かない。


待っている。


命令を。


決断を。


部屋の空気が重くなる。


紙が、重い。


「……少し待て」


ようやく言葉が出る。


侍女は一瞬だけ目を伏せる。


「かしこまりました」


一礼。


静かに下がる。


扉が閉まる。


音は小さい。


だが、それだけで部屋が広くなる。


一人になる。


机の上。


書類。


ペン。


灯り。


そして。


沈黙。


ーー


椅子に深く座る。


背を預ける。


目を閉じる。


思い出す。


戦場。


血。


痛み。


恐怖。


その中で。


立っていた男。


何も言わず。


ただ動く。


無駄がない。


迷いがない。


あの時。


自分は、何もできなかった。


守られた。


ただ、それだけ。


ーー


目を開ける。


今も同じだ。


守られている。


場所が違うだけ。


意味が違うだけ。


だが。


選ぶことはできない。


「……違う」


小さく呟く。


違うはずだ。


そう思いたいだけかもしれない。


それでも。


机に手をつく。


体を起こす。


書類を見る。


文字が並ぶ。


未来が並ぶ。


自分のものではない未来。


「……」


沈黙。


長い。


だが。


完全な無ではない。


どこかで、何かを探している。


ーー


ペンを取る。


今度は止まらない。


だが、書かない。


ただ、持つ。


それだけでいい。


今はまだ。


決めない。


決められない。


だが。


考える。


「……もう少しだけ」


誰にともなく言う。


夜はまだ深い。


時間は残っている。


少なくとも。


今、この瞬間だけは。


自分で選べる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ