黒い山高帽
「すでに今年度三回目ですよ! 三回目!」
貴族院議員であるソノア・ペレイラ子爵は声を荒らげた
「黒い山高帽の盗賊団によって、我が領の商隊が襲撃された回数です。しかも、いまだに一人として捕縛できていないというではありませんか!」
「被害を受けているのは、ペレイラ子爵の領の商隊だけではありません。私の御用商人も襲われているんですよ。まったく、困ったものです」
同じく貴族院議員であるシンディ・テイラー子爵が続いた
黒い山高帽の盗賊団
近年、王国東部を中心とした国境沿いの山間部に現れるという、正体不明の盗賊たちである
黒装束に、黒い山高帽
目撃者によれば三人組らしいが、他にも協力者がいるという噂もあった
その被害は東部方面の貴族や、彼女たちと取引のある商人に集中していた
一度は捕縛に成功したとの報告もあったが、調べてみればまったく別の盗賊団であった
「確かに、奴らの被害は拡大するばかり。先日も、私のところに出入りしている商家の馬車が襲われましてね」
そう口を開いたのは、二人の寄り親であるローザ・ボードリー公爵だった
貴族院副議長
かつては大臣を務めたこともある、王国の重鎮である
「昨年の冷夏や害虫の影響も出始めています。このまま放置するというわけにはいきませんね」
そう言って、今議会の議長を務めるメローペに視線を向けた
小会議室には、およそ三十名の貴族が集まっている
食料価格の上昇と流通の混乱
その対策を協議するための会議だったが、議題はいつしか東部山間部の治安問題へと移っていた
「先日から、ペレイラ議員より早期解決の要望を受けております。その件につきましては……」
メローペは後ろに控えるオーレリアに目を向けた
促されたオーレリアが一歩前に出る
「メローペ殿下近衛のモンテスと申します。殿下に代わり、ご報告いたします」
三十名ほどの貴族たちの視線が、彼女に集まった
「今年度の始まりの月から五か月にわたり、東部山間部において大規模な調査と山狩りを実施いたしました。その結果、二つの盗賊団を摘発し、三十五名の強盗を捕縛しております」
オーレリアは手元の書類に視線を落とした
「ただし、今話題となっております黒い山高帽の盗賊たちについては、いまだ捕縛に至っておりません。また、先月の花の月に捕縛の報告がありましたが、調査の結果、模倣犯であることが判明しております」
「つまり、まだ何の手掛かりもないということですか?」
ペレイラ子爵が問いかける
「そのようには申し上げておりません。現在も調査は継続しております」
オーレリアは表情を変えずに答えた
「しかし、五か月もかけて捕まえられないとは……」
「ペレイラ子爵」
メローペが静かに口を開いた
「二つの盗賊団と三十五名の強盗を捕縛したことは、決して無意味な成果ではありません」
「……失礼いたしました、殿下」
「黒い山高帽の盗賊団につきましては、王室を挙げて調査する予定です。これでよろしいですか、副議長?」
メローペはローザに視線を返した
「王女殿下、ならびに近衛の皆さまには感謝いたしますわ。我々の警備隊にも、全力で殿下方に協力するよう指示いたします」
ローザは満足そうに頷いた
「ふむ、確かにこのままでは面白くない」
別の席から声が上がった
「ボードリー公のところの皆さまには、直接被害に遭われた件、お見舞い申し上げる。しかし、私のところもなかなかの被害額なのですよ」
発言したのはホリー・ヒル伯爵だった
法服貴族であり、行政官としてこの会議に参加している彼女は、王都で最大の保険組合の役員も兼ねていた
近年、商隊を対象とした保険契約は増加していた
山賊による襲撃
荷馬車の事故
火災や商品の損失
商人たちはそれらの危険に備えて保険を掛け、保険組合のアンダーライターたちが危険を引き受ける
ところが、黒い山高帽の盗賊団が現れてからというもの、彼女の所属する組合では多額の保険金支払いが続いていた
特に、数名のアンダーライターが引き受けた契約に被害が集中している
「先ほどお話にあった、ボードリー公の御用商人にも、それなりの額が支払われたはず」
ホリーはローザに視線を送った
「ええ、その件では貴組合に助けられました。御礼申し上げます」
ローザは穏やかに微笑んだ
「それは何より」
ホリーも微笑みを返す
だが、室内の空気がわずかに冷えた
ペレイラ子爵が何か言いかけたが、隣のテイラー子爵が小さく首を振った
誰も、それ以上は口を開かなかった
その沈黙を割るように、メローペが口を開いた
「その件は、引き続き調査いたします」
室内の視線が再び議長席に集まる
「調査の経過につきましては、来月のこの会議の場で報告することを、女王の名のもとに誓います」
王女の言葉に、貴族たちは一斉に頭を下げた
「「すべては殿下のご意志のままに」」
メローペは静かに頷いた
その後、会議は本来の議題である食料流通の問題へと戻った
しかし、黒い山高帽の盗賊団についての議論は、これで終わったわけではなかった
むしろ、ここから始まることになる
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「で、何で? 俺が噂の盗賊団の調査に?」
ユーリイ・シーゲルは少し仏頂面で言った
目の前には、一人の女性が座っている
地味な服装
地味な顔立ち
街中ですれ違っても、まず記憶に残らないであろう女性だった
机の上には書類が積まれている
そのうちの一冊を開いたまま、女性は気の抜けた声で答えた
「そういうことを言うなよ。私だって、こんな面倒な仕事を押し付けられて困惑しているんだからさ」
「あなたは役人、俺は町の何でも屋。言ってること、おかしいでしょうが?」
「まあ、そう言われるとそうなんだけどねぇ」
ポリーナ・イワノワ准尉は悪びれもせずに頷いた
「だったら、ご自分で調査してください」
「それができれば苦労はしないさ」
「できるでしょう?」
「できるかできないかと、やりたいかやりたくないかは別問題だよ、シーゲルくん」
「堂々と言いますね」
「嘘をついても仕方ないだろう?」
ポリーナは椅子の背もたれに体を預けた
「だいたい、東部の山間部なんて広いんだよ。街道はいくつもあるし、山道も多い。そこを行ったり来たりしている商隊が襲われたからって、そう簡単に犯人が見つかるものかね」
「それを調べるのがあなたの仕事では?」
「だから困っているんじゃないか」
まるで他人事だった
ユーリイはため息をついた
ポリーナという女性は、仕事ができないわけではない
むしろ、仕事をさせれば確実に成果を出す
書類の不備を見つけるのも早く、情報を整理する能力も高い
ただし、本人にやる気がない
それだけだった
「良いじゃないか。メローペ殿下からの直々の命令なんだよ。君だって殿下とは知らない仲じゃないだろう?」
「ほとんど口なんかきいたことありませんよ」
「ほうほう、そこんところ詳しく聞きたいね」
「野次馬ですか? 喋りませんよ」
「冷たいじゃないか。こういうゴシップでも聞けなきゃ、こんな仕事やってられないよ」
「……」
ユーリイは黙ってポリーナを見た
「中間管理職はつらいんだよ。だいたい、無能な小役人にこんな仕事を振るなっての」
「本音が出ていますよ」
「本音しか言ってないつもりだけど?」
「なお悪いでしょう」
ポリーナは肩をすくめた
「それで、引き受けてくれるのかね?」
「……分かりました。調査だけですよ。結果が出なくても報酬は貰いますよ」
「恩に着る」
あまりにもあっさりした返事だった
ユーリイはもう一度ため息をついた
「それで、資料は?」
「そこにある」
ポリーナが机の上の書類を指差した
ユーリイはその一冊を手に取った
商隊の襲撃記録
被害日時
被害場所
商人の名前
積荷の種類
そして、申告された損害額
「……随分ありますね」
「あるねぇ」
「これ、全部が黒い山高帽の盗賊団の仕業なんですか?」
「さあ?」
「さあ、って……」
「だから、それを調べるんだよ」
ポリーナは平然と言った
「黒い服に黒い帽子を被っていれば、誰でもそう名乗れるだろう?」
ユーリイは書類をめくった
三人組だったという証言
五人以上いたという証言
馬に乗っていたという証言
徒歩だったという証言
銃を使ったという報告もあれば、刃物だけだったという報告もある
被害の内容もまちまちだった
「ずいぶん証言が食い違っていますね」
「そうなんだよ」
ポリーナは頷いた
「最初は一つの盗賊団の犯行だと思われていたんだがね。調べてみると、どうにもおかしい」
「模倣犯がいる?」
「それもあるだろうね」
「他には?」
「そこを考えるのが君の仕事だよ」
「あなたも考えてくださいよ」
「私は資料を集めたじゃないか」
「それは仕事のうちに入りませんか?」
「入るとも。だから、もう十分働いたと思っている」
ユーリイは何も言わずに次の書類を開いた
ペレイラ子爵領の商隊
テイラー子爵の御用商人
そして、ボードリー公爵の御用商人
いずれも被害を訴えている
「……貴族絡みが多いですね」
「東部方面の街道を使う商隊だからねぇ」
「それだけですか?」
「さて、どうだろう」
ポリーナはそこで初めて、少しだけ真面目な顔になった
「シーゲルくん」
「何です?」
「今回の調査は、盗賊を捕まえれば終わりという話でもないらしい」
「どういう意味です?」
「さあね。私は無能な小役人だから、難しいことは分からないよ」
「……」
「ただ、一つ言えるのは」
ポリーナは書類の山を指で軽く叩いた
「ここに書かれていることが、全部本当だとは限らないということさ」
ユーリイは手元の報告書に視線を戻した
黒い山高帽の盗賊団
その名は、どの報告書にも繰り返し現れていた
しかし、実際にその姿を見たという者は、驚くほど少なかった
「……まずは、実際に襲われた商人に話を聞いてみます」
「おお、さすがシーゲルくん。話が早い」
「あなたも同行してくださいよ」
「えっ?」
ポリーナの表情が固まった
「当たり前でしょう。役人のあなたがいなければ、相手だって簡単に話してくれませんよ」
「いや、しかしだね……」
「調査だけでいいと言ったでしょう? 協力するとは言いましたけど、全部引き受けるとは言ってません」
ポリーナはしばらくユーリイを見つめた
やがて、深いため息をつく
「……まったく、君は意外と人使いが荒いなぁ」
「誰のせいだと思っているんですか?」
「仕方ない。付き合うよ」
そう言いながらも、ポリーナはまだ椅子から立ち上がろうとしなかった
ユーリイは書類を閉じた
王国東部の山間部
黒い山高帽を被った、正体不明の盗賊たち
彼らが何者なのか
そして、なぜこれほど多くの商隊が、その名を口にするのか
まだ、何一つ分かっていなかった




