医療調査②
「ふわぁ……おふぁよう」
大きな欠伸をしながら、ユーリイが手を上げた
まだ朝も早いというのに、待ち合わせ場所には既にミークニーが立っていた
「おはよう、ユーリイ。朝早くからすまないね」
「いいよいいよ、仕事だからな」
眠そうに目を擦りながら、ユーリイはミークニーの後ろへ視線を向けた
「っと、彼女たちが?」
「ああ、伯爵から預かった精鋭だよ」
ミークニーが振り返る
そこには三人の女性騎士が立っていた
いずれも簡素な服装をしていたが、姿勢や身のこなしから、相応の訓練を積んでいることが分かる
「……三人?」
「ああ、彼女は昨日いなかった」
ミークニーが一人の女性を示した
その女性が一歩前へ出る
「ブープ騎士団第二隊隊長、アイダ・アクーニャです」
続いて、残る二人も名乗った
「同じく第二隊所属、モニカ・ロハスです」
「パメラ・キロスです」
「どうも、ユーリイ・シーゲルです」
ユーリイは軽く頭を下げた
「ところで、昨日は二人だけだったよな?」
「はい」
アイダが答えた
「私は昨日まで、人の手配や段取りをつけていました」
「人の手配や段取り?」
「今回の調査に協力していただく方々です」
「患者役ってことか?」
「その通りです」
ミークニーが頷いた
「昨日も話しましたが、私が直接治療院へ行って話を聞くわけにはいかないでしょう?」
「まあ、そうだな」
「だからといって、わざと病気になったり、怪我をしたりするわけにもいきませんし」
「そりゃそうだ」
「そこで、実際に軽い病気や怪我をしている方を探してもらったんです」
アイダが説明を引き継ぐ
「年齢や症状、訪問する治療院の場所などを考慮して、協力していただける方を手配しました」
「なるほどな」
ユーリイは感心したように頷いた
「結構、大掛かりなんだな」
「正確な調査をするには、準備が必要ですからね」
ミークニーは穏やかに笑った
「それより、ミークニー殿」
アイダが口を開いた
「この方が?」
「ええ」
ミークニーはユーリイを示した
「私と共に不帰の樹海から帰還を果たした、元王国陸軍准尉、ユーリイ・シーゲルです」
「……」
三人の視線が、一斉にユーリイへ向いた
じっと見つめる
まるで品定めでもするかのような目だった
「……おいおい」
ユーリイは苦笑した
「参ったね。俺は単なる何でも屋だよ?」
三人は黙ったままだった
「伯爵家の精鋭騎士団員にそんな目で睨まれたら、ちびっちゃうよ」
「「「失礼しました」」」
三人が揃って頭を下げた
だが、その視線は相変わらずユーリイから離れなかった
「……やりにくいなあ」
ユーリイがぼやく
ミークニーは小さく笑った
「昨日も話しましたが、彼には私の護衛も兼ねてもらいます」
その言葉に、三人の表情がわずかに曇った
特にアイダは、少し不満そうだった
「もちろん、あなた方の腕は信頼していますよ」
ミークニーは続けた
「ですが、男性しか入れない場所に、あなた方が一緒に入るわけにはいかないでしょう?」
「……確かに」
「その際には、ユーリイにお願いすることになります」
アイダは少し考えた後、頷いた
「分かりました」
「まあ、俺が必要な場面なんて、そうそうないと思うけどな」
ユーリイが肩をすくめる
「何事もないのが一番です」
「違いない」
ミークニーは鞄を持ち直した
「では、始めましょうか」
――
最初に訪れたのは、王都の大通りに面した治療院だった
石造りの立派な建物で、入口には大きな看板が掲げられている
朝早い時間にもかかわらず、待合室には既に何人もの患者がいた
「随分と繁盛してるな」
ユーリイが建物を見上げた
「王都でも評判の治療院だそうです」
アイダが答えた
「へえ」
「今回の患者役は二名です」
ミークニーが手元の書類を確認する
一人は十三歳の少女
二日前から咳が続いているという
もう一人は王国陸軍に所属する現役兵士で、昨日の訓練中に足を痛めていた
二人は年の離れた姉妹という設定で診察を受けることになっている
もちろん、実際には赤の他人である
「昨日、私が二人とも診察しています」
ミークニーが説明した
「少女の方は軽い感冒。兵士の方は足首の捻挫と打撲です」
「それを、ここの医者がどう診るか調べるわけだな」
「ええ」
二人には事前に、医師からどのような質問を受けたか、どこを調べられたか、どんな説明をされたかを覚えておくよう伝えてある
また、処方された薬は服用する前にミークニーへ見せることになっていた
「じゃあ、俺たちは?」
「少し離れたところで待ちましょう」
「了解」
二人が治療院に入っていくのを見届け、ユーリイたちは近くの茶店へ向かった
しばらくして
「お待たせしました」
患者役の二人が戻ってきた
「どうでした?」
ミークニーが尋ねる
少女が先に口を開いた
「喉を見られて、胸の音を聞かれました。それから、熱があるか聞かれて……」
「なるほど」
「風邪だろうって言われました。薬を飲んで、暖かくして寝るようにって」
「薬は?」
「これです」
少女が小さな包みを差し出した
ミークニーは受け取り、包みの表書きを確認した
「ありがとうございます。では、こちらの方は?」
兵士が答える
「足首を触って、どこが痛むか聞かれました。骨は折れていないだろうと」
「それで?」
「しばらく訓練を休んで、冷やしておくようにと言われました。塗り薬も出ています」
「なるほど」
ミークニーは頷きながら、手帳に何やら書き込んだ
診察にかかった時間
医師から受けた質問
実際に行われた検査
説明された病名と治療法
そして、診療にかかった費用
一つ一つ確認していく
「他に、何か気になったことはありましたか?」
「特には……」
「先生は優しかったです」
少女が答えた
「それは良かったですね」
ミークニーは微笑んだ
二人から薬を受け取り、持参した鞄へ収める
「ありがとうございました。明日も私が診させてもらいますね」
「はい」
「それと、もし具合が悪くなったら、すぐに知らせてください」
そう告げて報酬を渡すと、二人を帰宅させた
「で、どうだい?」
ユーリイが尋ねる
「王都の医院は?」
「まあ、可もなく不可もなく、といったところでしょうか」
「そうなのか?」
「少なくとも、聞いた限りでは大きな問題はありません」
ミークニーは手帳を閉じた
「ただ、薬については後で調べてみないと分かりませんね」
「なるほど」
「次へ行きましょう」
――
二件目の治療院は、一件目とは少し雰囲気が違っていた
入口には美しい装飾が施され、扉の両側には花が飾られている
建物の中からは、微かに香の匂いが漂っていた
「……何だ、ここ?」
ユーリイが眉を上げた
「医者の家って感じじゃねえな」
「こちらには、神秘の手と呼ばれる癒し手がいるそうです」
アイダが説明する
「神秘の手?」
「手をかざすことで病を癒す力がある、と評判だそうです」
「……へえ」
ユーリイは何とも言えない顔をした
「ミークニー、お前はどう思う?」
「さあ?」
ミークニーは微笑んだ
「実際に調べてみないことには分かりません」
「まあ、そうだな」
今回の患者役も二名
いずれもミークニーが事前に診察を済ませている
一人は軽い腰痛を訴える女性
もう一人は、数日前から肩の痛みが続いている女性だった
二人には通常の診察だけでなく、神秘の手による治療も受けてもらうことになっていた
ただし
「……高いな」
ユーリイが料金表を見て呟いた
一般的な診察料だけでも、一件目よりかなり高額だった
さらに、神秘の手による治療は別料金
そして、その治療には追加の施術まで用意されている
「何だよ、これ」
「特別な祈祷を伴う施術だそうです」
アイダが答えた
「祈祷?」
「はい」
「……医者だよな、ここ」
「治療院として営業しています」
「ふうん……」
ユーリイは腕を組んだ
「まあ、値段が高いからって、悪い医者とは限らねえけどな」
「その通りです」
ミークニーが頷いた
「今回は、その追加の施術まで受けてもらいましょう」
「全部か?」
「ええ」
「結構な金額になるぞ」
「必要な調査ですから」
ミークニーは平然としていた
「……典医様は違うねえ」
「私の財布から出しているわけではありませんよ」
「そりゃそうか」
しばらくして、二人の患者役が治療院へ入っていった
待つこと一時間ほど
戻ってきた二人は、何とも微妙な顔をしていた
「どうでした?」
ミークニーが尋ねる
腰痛の女性が答えた
「……何と言えばいいのか」
「感じたままで結構ですよ」
「とても立派なお部屋でした」
「はい」
「薄暗くて、香が焚かれていて、静かな音楽が流れていました」
「なるほど」
「それで、先生が手をかざして……」
「何か変化はありましたか?」
「温かくなるはずだと言われたんですけど……」
女性は首を傾げた
「正直、よく分かりませんでした」
「痛みは?」
「……少し楽になったような気もします」
「そうですか」
ミークニーは表情を変えずに記録した
「では、こちらの方は?」
もう一人の女性が困ったように笑った
「私は、手をかざされた時に、何かが流れ込んでくるような感じがするはずだと言われました」
「実際には?」
「……特には」
「肩の痛みは?」
「まだ痛みます」
「なるほど」
「でも、追加の施術を受ければ効果が強くなると言われたので、それも受けました」
「それで?」
「……やっぱり、まだ痛いです」
ユーリイは思わず口を開きかけた
しかし、ミークニーが静かに記録を続けているのを見て、黙った
「お二人とも、ありがとうございました」
ミークニーは報酬を渡した
「明日、改めて診察させていただきます」
二人を見送ると、ユーリイが口を開いた
「……なあ」
「何でしょう?」
「あれ、どうなんだ?」
「まだ分かりません」
「いや、でもよ」
「効果があったかどうかは、明日診察してから判断します」
「……なるほどな」
ミークニーは手帳を閉じた
「ただ、料金については気になるところですね」
「だろ?」
「ええ」
「俺だったら、あの金額を払うくらいなら、旨いもん食って寝るけどな」
「それで治る病気なら良いのですが」
「……まあな」
ユーリイは肩をすくめた
「次、行くか」
――
三件目は、古くから続く小さな治療院だった
建物は少々くたびれていたが、待合室は清潔に保たれている
診察した医師は年配の女性で、患者の話を時間をかけて聞いていたという
処方された薬はごく一般的なもので、料金も比較的安かった
「悪くなさそうだな」
ユーリイが言う
「ええ、少なくとも診察の進め方は丁寧ですね」
ミークニーは頷いた
四件目は、王都でも名の知られた高級治療院だった
建物は立派で、待合室には柔らかな椅子が並び、茶まで振る舞われた
だが、診察は驚くほど短かった
患者役の話によれば、医師は症状を少し聞いただけで薬を処方したという
「……それだけか?」
ユーリイが聞き返す
「はい」
「身体は診なかったのか?」
「少し触っただけです」
「ふうん……」
ミークニーは何も言わず、手帳に記録した
五件目は、下町に近い通りにある治療院だった
建物は小さく、設備も古い
しかし、患者役の話によれば、医師は傷の状態を丁寧に確認し、処置の方法も詳しく説明してくれたという
料金は、この日訪れた五件の中で最も安かった
「……へえ」
ユーリイが感心したように言った
「安いからって、悪いわけじゃないんだな」
「そうですね」
ミークニーは頷いた
「ただし、まだ一日目の調査です。これだけで医師の腕を判断することはできません」
「そりゃそうか」
「ええ」
――
夕方
一行は、朝の待ち合わせ場所へ戻ってきた
日が傾き、通りには仕事を終えた人々の姿が増えている
「いやあ、結構歩いたな」
ユーリイが大きく伸びをした
「お疲れ様でした」
ミークニーが労う
「お前こそ、ずっと書きっぱなしだったじゃねえか」
「これも仕事ですから」
「典医様も大変だねえ」
「何でも屋さんほどではありませんよ」
「言うねえ」
二人は笑った
アイダが一歩前へ出た
「ミークニー殿、本日の調査は以上でしょうか?」
「ええ、予定していた五件は全て回れました」
「では、帰りの準備をいたします」
「お願いします」
アイダはモニカとパメラに指示を出した
三人が少し離れたところで話し始めると、ユーリイはミークニーに尋ねた
「で、今日一日回ってみて、どうだった?」
「そうですね……」
ミークニーは少し考えた
「思っていた以上に、差がありますね」
「医者の腕か?」
「それもありますが、診察の方法、治療に対する考え方、そして料金です」
「なるほど」
「同じような症状でも、治療院によって対応がかなり違いました」
「確かにな」
「ただ、王都ですからね」
「ん?」
「患者の数も多く、医師同士の競争もある。評判の悪い治療院は、長く続けるのが難しいでしょう」
「そうだろうな」
ユーリイは頷いた
「でも、あの神秘の手みたいなのもいるんだろ?」
「ええ」
ミークニーは苦笑した
「評判が良いことと、適切な医療を行っていることは、必ずしも同じではないようです」
「……違いない」
「それに、料金と医療の質が正比例するわけでもありませんね」
「高いところが一番いいってわけじゃねえ、と」
「そういうことです」
ミークニーは手帳を鞄にしまった
「明日は、今日とは少し違う場所を回ろうと思っています」
「違う場所?」
「ええ」
ミークニーは通りの先へ視線を向けた
「大通りから離れたところです」
「……下町か?」
「はい。できれば、その先も」
ユーリイは少し考えた
「……貧民街まで行くつもりか?」
「そのつもりです」
「護衛の連中が嫌がりそうだな」
「でしょうね」
ミークニーはあっさり認めた
「ですが、王都の医療水準を知るというなら、そこを避けるわけにはいきません」
「まあ、そうだな」
ユーリイは頷いた
「分かった。明日も付き合うよ」
「ありがとうございます」
「ただし、明日は今日より少し早く来いよ」
「どうしてです?」
「下町の朝は早いんだよ。医者だって、いつまでも暇じゃねえ」
「なるほど」
ミークニーは笑った
「では、そうしましょう」
その時、アイダが戻ってきた
「ミークニー殿、帰りの準備が整いました」
「ありがとうございます」
ミークニーはユーリイへ向き直った
「では、また明日」
「ああ、またな」
一行が通りを歩いていく
その背中を見送りながら、ユーリイは小さく呟いた
「……医者ってのも、色々なんだな」
今日訪れたのは、王都の中でも比較的恵まれた地域の治療院ばかりだった
それでも、診察の内容も料金も、驚くほど違っていた
では、もっと貧しい人々が暮らす場所ではどうなのだろうか
ユーリイはしばらく通りの先を眺めていた
やがて、腹の虫が小さく鳴った
「……腹減ったな」
考えるのは明日でいい
今日はタッカーのところで、何か食わせてもらおう
そう決めると、ユーリイはパン屋へ向かって歩き出した




