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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
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門の外

宮中の朝は、整いすぎていた。


廊下は磨かれ、足音は吸われる。

声は抑えられ、動きは揃っている。


乱れがない。


ユーリイは歩いている。


特に用事はない。


呼ばれれば動く。

呼ばれなければ、立っている。


それだけだ。


英雄。


そう呼ばれているらしい。


だが。


「で、俺は何をすればいい」


答える者はいない。


中庭。


手入れの行き届いた木々。

均された砂。


ユーリイは立ち止まる。


整いすぎている。


傷も、汚れもない。


「……違うな」


小さく呟く。


ーー


その日、呼び出しがあった。


小部屋。


机の向こうに文官がいる。


「今後の処遇についてですが」


書類が差し出される。


「軍への復帰も可能です」

「士官候補としての道も用意されています」


「宮中に残る場合も、配置は調整されます」


どれも悪くない。


むしろ、良い話だ。


ユーリイは書類を見る。


目を通す。


すぐに閉じる。


「辞退します」


文官の手が止まる。


「……王宮を、ですか」


「はい」


「残る理由がありません」


文官は少しだけ言葉を探す。


「……承知しました」


「では、身分は一度外れます」

「必要があれば、再度召集される形になりますが」


「構いません」


ーー


廊下。


角を曲がった先に、ミークニーがいた。


壁にもたれ、こちらを見ている。


「行くのか?」


ユーリイ

「……ああ」


短い。


ミークニーは肩をすくめる。


「残ればいいのに」


ユーリイはわずかに笑う。


「居心地が悪い」


ミークニーも小さく笑う。


「らしいな」


一拍。


ミークニー

「これからは、怪我しても治してやれない」


「気をつけろよ」


ユーリイは何も言わない。


ただ、右手を軽く上げる。


それだけで、背を向ける。


ミークニーも引き止めない。


言うことは、もうない。


ーー


門へ向かう。


その途中。


「ユーリイ・ジーゲル」


呼び止められる。


振り返る。


王太子アトラスが立っている。


護衛はいない。


一人だ。


「出ると聞いた」


「はい」


「残る道もあったはずだ」


「ございます」


「ですが、辞退いたします」


アトラスはしばらくユーリイを見る。


「理由を聞こうか」


「私の役目は、ここにはありません」


一瞬の沈黙。


アトラスは小さく息を吐く。


「……そうか」


「ならば止めはしない」


一歩、近づく。


「だが、忘れるな」


「呼べば来い」


「お前は既に、ただの兵ではない」


ユーリイはわずかに目を伏せる。


「承知しました」


アトラスの口元がわずかに動く。


「それでいい」


二人はすれ違う。


ーー


門が開く。


外の空気が流れ込む。


音が違う。

匂いが違う。

人の距離が違う。


一歩、外に出る。


それだけだ。


振り返らない。


宮中はそのままそこにある。


だが、そこはもう自分の場所ではない。


歩き出す。


路地。


人の声。

荷の音。

生活の匂い。


「……こっちの方がいいな」


小さく呟く。


通りの先。


見覚えのある背中。


タッカーだ。


大きな袋を担いでいる。


ユーリイは近づく。


「重そうだな」


タッカーが振り向く。


「おう」


一瞬、止まる。


「……なんだお前、その格好」


「ただの人です」


ユーリイは袋を持ち上げる。


軽く持つ。


タッカーが笑う。


「ちょうどいい」


「人手が足りてねえ」


そのまま並んで歩く。


会話はない。


必要もない。


居場所は、あった。


最初から。


王宮の外に。

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