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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義 豊


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救助作業

決勝戦を終えた二人は、まだ闘技場の中央に立っていた。


観客席からは、勝者を称える歓声が絶え間なく降り注いでいる。


エルザは首筋に突きつけられていた短剣が離れると、大きく息を吐いた。


「やられたよ。君は強いな」


「いえ、実際の戦場なら別の結果になっていたでしょう」


「そう言ってもらうのはありがたいが、私は君と戦場で向かい合いたくないな」


エルザが小さく笑った。


アデルハイトも僅かに口元を緩める。


「それにしても、メローペ殿下は良い騎士をお持ちだ」


「それでも、自分はまだまだです」


「私に勝っておいてそういうことを言うな。凹むぞ」


「私は……十回戦って、十回全て私を叩きのめした人がいます」


「ほう……」


エルザの表情に興味の色が浮かんだ。


「彼もまた二刀流の戦士ですが、手も足も出ませんでした」


「彼?彼って相手は男なのか?」


「はい。彼は——」


ドォォン!!


突然、腹の底に響くような轟音が闘技場を揺らした。


一瞬、歓声が止まる。


ドン!ドォォン!!


続けざまに、別の方向からも爆発音が響いた。


観客席の一角から黒煙が立ち上る。


「何だ!?」


エルザが振り返る。


悲鳴が上がった。


それまで勝者を称えていた観客たちが、一斉に出口へ向かって走り始める。


「火事だ!」


「逃げろ!」


「誰か!助けて!」


「……爆発か!」


アデルハイトは既に走り出していた。


「ハーゲン大佐!私は西側へ向かいます!」


「分かった!私は東側へ行く!」


二人は短く言葉を交わすと、それぞれの仲間と合流し、別々の方向へ駆け出した。


***


「道を開けろ!」


エルザの声に、人々が左右へ分かれる。


ラファエラを伴って駆けつけた東側の通路は、酷い有様だった。


壁の一部が崩れ落ち、天井からは折れた梁が垂れ下がっている。


辺りには焦げ臭い煙が漂い、床には割れた石材や木片が散乱していた。


負傷者を運び出す係員たちの間を、泣き叫ぶ人々が行き交っている。


「誰か!手を貸してください!」


「こっちにも怪我人がいる!」


「まだ、中に人がいるんです!」


一人の女性が、崩れた通路を指差して叫んでいた。


エルザはその方向を見た。


奥は暗く、煙で見通すこともできない。


だが、人の声が聞こえる。


「ラファエラ、ここを頼む」


「団長!まさか中へ?」


答える代わりに、エルザは瓦礫へ足を掛けた。


そのときだった。


暗闇の奥から、一人の男が姿を現した。


背中には女性を一人。


そして右腕には、小さな少女を抱えている。


男は足元の瓦礫を慎重に越え、通路の外へ出てきた。


「おい!誰か!」


近くにいた係員が駆け寄る。


男は背負っていた女性を下ろし、続いて少女をそっと地面に立たせた。


「この人たちは任せた。中にまだ二人いる!」


そう言うと、再び暗い通路へ戻ろうとする。


「待て!」


男が振り返った。


「ん?」


「私も行こう」


男は一瞬、エルザの姿を見た。


「……助かる」


それだけ言って、再び奥へ向かう。


「団長!」


ラファエラが叫んだ。


エルザは振り返る。


「行ってくる。待っていてくれ」


「しかし!」


「ここにも怪我人がいる。お前はそちらを頼む」


そう言い残すと、エルザは男の後を追った。


***


中は思った以上に酷かった。


爆発で通路の一部が潰れ、あちこちに大きな石材が転がっている。


煙と埃で視界は悪く、時折、天井から細かな破片が降ってきた。


「さっき、奥から声が聞こえた」


男が言った。


「分かった。私が先に行こう」


「いや、こっちだ。あの梁が危ない」


男は頭上を指差した。


折れた梁が、辛うじて壁に引っ掛かっている。


その下を避け、二人は狭い隙間を抜けた。


「誰かいるか!」


エルザが声を張り上げる。


「……たすけ……」


微かな返事があった。


「いたぞ!」


瓦礫の向こうに、倒れた女性の姿が見えた。


足が崩れた石材の下敷きになっている。


男はすぐに膝をつき、周囲を調べた。


「この石を動かす。そっちを支えてくれ」


「承知した」


二人は声を合わせて石材を持ち上げた。


「今だ!」


女性の足を引き抜き、安全な場所へ移す。


「もう大丈夫だ。外へ連れていく」


エルザが声を掛けると、女性は涙を流しながら頷いた。


だが、まだ終わりではない。


さらに奥から、別の助けを求める声が聞こえていた。


二人は女性を安全な場所へ移し、再び瓦礫の奥へ進んだ。


それから、およそ三十分。


「団長!」


ラファエラが声を上げた。


崩れた通路の奥から、二つの人影が現れた。


先ほどの男とエルザだった。


二人とも、左右の肩にそれぞれ女性を一人ずつ担いでいる。


周囲の係員たちが慌てて駆け寄った。


「こちらへ!」


「担架を持ってこい!」


二人は救助した女性たちを係員へ引き渡した。


「団長!」


ラファエラがエルザのもとへ駆け寄る。


「騒ぐな。私もこの男も、要救助者も全て無事だ」


「あなたに何かあったらどうするんですか?サラ様に会わせる顔がありませんよ」


「私が勝手しただけだ。それに、私に何かがあってもローラがいる。それに、お前もな」


「もう!そんなこと言われたら怒れないじゃないですか」


ラファエラは困ったように眉を下げた。


エルザは小さく笑うと、隣に立つ男へ向き直った。


「それにしても、助かった。君がいなければ、あれほど早く救助できなかっただろう」


「こちらこそ。あの石は俺一人じゃ動かせなかった」


男は額の汗を拭った。


二人とも、全身が埃まみれだった。


エルザは改めて男の姿を見る。


それほど大柄ではない。


だが、先ほどから見せた力と判断力は、並の兵士のものではなかった。


何より、あの状況で迷わず中へ戻ろうとした。


「君、名前は?」


「ユーリイ・シーゲルです」


「シーゲル殿か。私はエルザ・ハーゲン。ロイエンベルク騎士団の団長を務めている」


「ああ、先ほどの決勝戦の……」


「見ていたのか?」


「実は準決勝までしか」


エルザは笑った。


「そうか。ならば私が負けたところも見られずに済んだか」


「そうなのですか」


「とは言えなかなかいい試合は出来たと思っている」


エルザはそう言って、もう一度笑った。


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