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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義 豊


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決勝②

「両者!はじめ!!」


合図と同時に、エルザが踏み込んだ。


速い。


だが、相手は先ほどまでエルザが戦っていたグリセリアとは違う。


難なく、反応し、その速度を見切っていた。


振り下ろされた剣を、目の前のアデルハイトは短剣で受け流す。


ギィン!


甲高い音と共に、剣身が僅かに逸れる。


その脇を抜けるように短剣を滑らせ、右手の剣を突き出す。


だが——


エルザは止まらない。


逸らされた剣をそのまま横薙ぎへと変えた。


「っ!」


アデルハイトが身を沈める。


頭上を剣が通過する。


風が髪を巻き上げた。


次が来る。


横薙ぎ。


切り返し。


袈裟。


突き。


一撃、一撃が重い。


そして、速い。


アデルハイトの短剣が弾き、剣が逸らす。


ギン!


ガッ!


ギィン!


金属音が途切れない。


受けてはいない。


まともに受ければ、その瞬間に体勢を崩される。


だから流す。


逸らす。


躱す。


それでも、エルザの剣は止まらなかった。


一撃を凌げば、次。


それを凌げば、さらに次。


まるで巨大な歯車が回り続けているかのように、攻撃そのものが次の攻撃を生み出していく。


「お、おい……」


観客席の誰かが呟いた。


「いつ息してるんだ……?」


アデルハイトが下がる。


一歩。


さらに一歩。


エルザが追う。


剣が振り下ろされる。


アデルハイトは半歩横へ。


石床を叩いた剣が鈍い音を立てた。


その瞬間、アデルハイトの剣が走る。


エルザの脇腹へ。


しかしエルザは剣を振り下ろした体勢から、強引に身体を捻った。


剣が跳ね上がる。


ギン!


アデルハイトの剣が弾かれた。


「はっ!」


エルザが笑った。


楽しい。


ただ、それだけだった。


目の前にいる女は、自分の剣を受けている。


違う。


受け切っている。


これほど剣を振るっても、崩れない。


ならば——


もっとだ。


踏み込む。


剣が唸る。


先ほどまでより、さらに速い。


「なっ……」


観客から声が漏れた。


まだ速くなるのか。


だが——


アデルハイトの目は、そのすべてを追っていた。


ギン!


ギィン!


ガッ!


剣と短剣が踊る。


右。


左。


上。


下。


最小限の動きでエルザの剣を殺していく。


そして、少しずつ。


ほんの少しずつ。


アデルハイトの足が止まった。


下がらない。


エルザの剣を流しながら、一歩踏み込む。


剣先がエルザの肩を掠めた。


「!」


エルザが身を引く。


初めてだった。


試合が始まってから初めて、エルザが後ろへ下がった。


アデルハイトが追う。


ギン!


剣を弾く。


一歩。


短剣が走る。


エルザが躱す。


さらに一歩。


剣。


短剣。


剣。


「ははっ!」


エルザの口から笑い声が漏れた。


これだ。


これが欲しかった。


茶番ではない。


力を得るために自分を捨てた剣でもない。


積み重ねたものを、ただ研ぎ続けた剣。


王国にはまだまだ自分の知らないこんな化け物が住んでいた。


エルザが踏み込む。


アデルハイトも踏み込む。


ギィィン!


二本の剣がぶつかる。


離れる。


再びぶつかる。


ギン!


ガッ!


ギィン!


今度は互いに退かない。


いや——


エルザの眉が僅かに動いた。


違う。


速くなっている。


目の前の女が。


アデルハイトの剣が、先ほどまでより僅かに速い。


短剣がエルザの剣を逸らす。


同時に剣が走る。


防ぐ。


その時には、もう短剣が来ている。


躱す。


剣。


受ける。


短剣。


「くっ!」


エルザが一歩下がった。


アデルハイトは無言だった。


呼吸も変わらない。


ただ、その目だけがエルザを捉えている。


さらに一歩。


速くなる。


「……!」


エルザの笑みが消えた。


剣。


短剣。


剣。


短剣。


先ほどまで一つ一つ見えていたものが、繋がり始める。


右手と左手。


剣と短剣。


防御と攻撃。


その境目がなくなっていく。


エルザが剣を振るう。


弾かれる。


振り戻す。


その軌道を短剣が塞ぐ。


ならば踏み込む。


そこにはもう剣先がある。


下がる。


追ってくる。


速い。


いや。


また——


速くなった。


「おい……」


誰かが呟いた。


「カナリアって……こんなに強かったのか?」


答える者はいなかった。


観客には、もう何が起きているのか分からない。


ただ、分かることが一つだけあった。


押している。


あのエルザ・ハーゲンを。


アデルハイトが押している。


ギン!


エルザが剣を弾かれる。


一歩下がる。


ギン!


さらに一歩。


ガッ!


また一歩。


それでもエルザは笑った。


楽しかった。


こんな相手と戦えることが。


だからこそ、ふと思ってしまった。


(ああ、グリセリア……)


アデルハイトの剣を受ける。


重くはない。


だが、速い。


そして、止まらない。


(お前には私ではなく、彼女のような戦士を目指して欲しかったよ)


ほんの一瞬だった。


本当に、ほんの一瞬。


エルザの意識が目の前の敵から離れた。


その瞬間——


アデルハイトが消えた。


「——!」


懐。


近い。


近すぎる。


剣を振るう空間すらない。


エルザが動こうとした時には——


首筋に、冷たい感触があった。


アデルハイトの短剣だった。


静寂。


数瞬前まで鳴り響いていた金属音が、嘘のように消えていた。


審判が二人を見る。


そして、大きく腕を上げた。


「そこまで!」


一拍。


「勝者!カナリア・フランベルジュ!!」


「わあああああああああ!!!」


闘技場が揺れた。


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