準決勝②
「決勝じゃなくて残念です。念願の隊長を超えることで我慢しましょう」
「ベアトリス・オロスコ……」
ベアトリスの名を聞いた瞬間、グリセリアの身体が僅かに揺れた。
しかし、それも一瞬だった。
すぐに顔色を元に戻す。
「よく知っているはずだ。お前の二年先輩にあたり、お前が入隊した時の指導官だ」
「……」
「そして、二年前のこの大会の優勝者である」
「はっ! ベアトリス先輩がどうかしましたか?」
「故郷にいたよ」
グリセリアの表情が僅かに強張る。
「剣も持てず、廃人のような生活をしていた。幽鬼のような姿でな……」
「!」
「試合前の私語は慎むように!」
審判の声が飛ぶ。
「失礼」
「……」
「両者、構えて!」
二人が剣を構える。
「それでは、はじめっ!」
開始と同時にグリセリアが踏み込んだ。
速い。
そして重い。
一撃。
二撃。
三撃。
重圧を込めた連撃に、エルザが押される。
受ける。
流す。
かわす。
しかし、反撃に転じる隙がない。
グリセリアはさらに踏み込む。
振り下ろされた剣を、エルザが受け止めた。
鈍い音が響く。
「ぐっ……」
そのまま押し込まれる。
王国十傑。
ロイエンベルク騎士団長。
そのエルザ・ハーゲンが押されていた。
観客席から大きな歓声が上がる。
グリセリアの剣は止まらない。
かなり良い攻撃を繰り出している。
しかし、決定打にはならなかった。
幾度となく死線を潜ってきたエルザの経験が、寸でのところでその剣を捌き続けていたからだ。
そして、開始から十分を過ぎた頃だった。
グリセリアの攻撃が、目に見えて鈍り始めた。
肩が上下している。
呼吸も荒い。
先ほどまでエルザを押し込んでいた連撃が続かない。
グリセリアが大きく剣を振るう。
エルザが受け流した。
体勢が崩れる。
今度はエルザが前へ出た。
一撃。
グリセリアが受ける。
その身体が大きく後ろへ押し戻された。
さらに一撃。
また一撃。
攻守が入れ替わっていた。
◇
二人の戦いを見つめる一人の女がいた。
「何をやっている……このままじゃ……」
「このままじゃ?」
「!」
女が振り向く。
いつの間にか、すぐ傍にユーリイが立っていた。
「このままじゃどうなるか聞いている」
「何を言ってる……私は知らないねぇ!」
言いながら、女が持っていた鞄を投げつける。
ユーリイは右手でそれを払い落とした。
女が走り出す。
「待て!」
ユーリイもすぐに後を追った。
◇
闘技場では、まだ戦いが続いていた。
グリセリアはかなり消耗している。
それでも、まだ力は残っていた。
踏み込む。
剣を振るう。
エルザが受ける。
再び振るう。
弾かれる。
もう一度。
今度は身体ごと押し返された。
「くっ……!」
本物の剛の剣を前にして、それはもはや三流の力任せの剣でしかなかった。
エルザが踏み込む。
剣と剣が激しくぶつかった。
「グリセリア!」
「……っ!」
「これが、お前の求めていた強さか!」
エルザの剣が振り下ろされる。
グリセリアが受ける。
足が下がる。
「本来のお前は、こんな剣ではなかったはずだ!」
一撃。
「力でねじ伏せるのではなく!」
さらに一撃。
「受けて、流して、相手を抑え込む!」
グリセリアの足がもつれる。
それでも倒れない。
「それがお前の剣だったはずだ!」
「うる……さい……」
グリセリアが剣を振るう。
エルザが弾く。
また振るう。
また弾かれる。
呼吸は乱れ、足元も覚束ない。
握った剣の切っ先が震えている。
それでもグリセリアは構えた。
エルザを見る。
一歩。
踏み込んだ。
速い。
皮肉にも、精魂尽き果てた今になって、本来の姿を思い出したかのように突き出されたそれは、エルザが今まで見た、どのグリセリアの剣よりも速いものであった。
エルザが剣を振るう。
甲高い音が響いた。
グリセリアの剣が宙を舞う。
そのまま、グリセリアの身体が崩れ落ちた。
刃はエルザには届いていない。
しかし――
エルザの頬に、細い赤い線が走った。
剣が生み出した風圧が、その頬を僅かに裂いていた。
「そこまで!」
審判が腕を上げる。
「勝者! エルザ・ハーゲン!」
わあああああああっ!!!!
闘技場を揺らすほどの歓声が上がった。
エルザの顔に笑みはなかった。




