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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義 豊


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トーナメント本戦②

「続いて、Aブロック第一試合!」


試合場に声が響く。


先ほどまでの歓声が、まだ会場に残っていた。


王国十傑エルザ・ハーゲン。


そして、誰もが初戦敗退だと思っていた棍使い、リン・チェイ。


勝者は予想通りだった。


だが、その内容は誰も予想していなかった。


「いやぁ、あの棍使い強かったな」


「初戦でハーゲン大佐じゃなきゃ、どこまで行ったんだ?」


「分からん。少なくとも一回戦で消えるような奴じゃなかったよ」


観客たちは興奮したまま、次の選手が姿を現すのを待っている。


「カナリア・フランベルジュ!」


歓声に混じって、


僅かなざわめきが起きた。


つばの広い帽子。


目元を隠す黒い仮面。


腰には一本のサーベル。


どう見ても普通の出場者ではない。


「なんだ、あれ?」


「カナリアだよ」


「知ってるのか?」


「本予選で見た。強いよ」


「あんな格好して?」


「格好は関係ないだろ」


「いや、でもよぉ……」


その姿だけなら、


色物。


そう思う者がいても不思議ではなかった。


だが、本予選を見ていた一部の観客だけは違う。


カナリアが試合場へ入ると、


何人かが声を上げた。


「カナリア!」


「今日も一瞬で決めろ!」


「お前、あれに賭けたの?」


「予選見てたからな」


そんな声を聞きながら、


カナリアは中央へ向かう。


観客席には目を向けない。


「バーバラ・キンダー!」


反対側から、


一人の女が姿を現した。


手にしているのはブロードソード。


派手な装飾はない。


構えにも奇を衒ったところはない。


ごく普通の剣士。


だが、


全国から集まった一万を超える参加者。


その中から三十二人まで残った女である。


弱いはずがない。


二人が向かい合う。


バーバラがカナリアを見た。


帽子。


仮面。


そして、


サーベル。


「変わった格好だね」


「そうか?」


「顔を隠す必要でもあるのかい?」


「少しな」


「ふうん」


バーバラが剣を抜く。


「まあ、どうでもいいさ」


カナリアもサーベルを抜いた。


「構え!」


二人が剣を構える。


バーバラの構えに隙はない。


カナリアも、


静かに相手を見る。


「始め!」


バーバラが踏み込んだ。


速い。


一気に間合いを詰め、


ブロードソードを振り下ろす。


キン!


カナリアが受ける。


すぐさま横薙ぎ。


キン!


さらに返す。


キン!


三度、


剣とサーベルがぶつかった。


「おお!」


観客席から声が上がる。


本予選では、


相手に何もさせずに終わらせていた。


だが、


今回は違う。


バーバラが攻めている。


「いけるぞ!」


誰かが叫んだ。


バーバラがさらに踏み込む。


カナリアが下がる。


一歩。


二歩。


追う。


ブロードソードがカナリアの肩を狙う。


その瞬間、


カナリアのサーベルが動いた。


キン!


小さな音。


バーバラの剣が、


僅かに外へ流れた。


「!」


カナリアが踏み込む。


速い。


バーバラが剣を戻すより早く、


サーベルの切っ先が喉元へ伸びる。


止まった。


「そこまで!」


一瞬の静寂。


そして、


歓声が爆発した。


「おおおおお!」


「速え!」


「なんだ今の!」


「やっぱり強えじゃねーか!」


バーバラは、


自分の喉元にある切っ先を見つめた。


しばらく動かなかった。


やがて、


小さく息を吐く。


「……参った」


カナリアがサーベルを引いた。


二人が一礼する。


「勝者!カナリア・フランベルジュ!」


今度は、


はっきりと名前を呼ぶ声が混じった。


「カナリア!」


「いいぞ!」


「次も頼むぞ!」


カナリアは、


何事もなかったように試合場を後にした。


「変な色物だと思ったらマジで強いじゃん」


観客席で、


一人の女が呟いた。


すると隣の女が、


得意げに鼻を鳴らした。


「私は知ってたよ。予選から見てたからね」


「お前、昨日『あの仮面、絶対すぐ負ける』って言ってなかった?」


「言ってない」


「言ってたよ」


「別の奴だよ」


「カナリア見ながら言ってたよ」


「……」


「おい」


「人間、細かいこと気にしてるとモテないよ」


「ぶん殴るぞ」


周囲から笑いが起こった。


—


「アデル」


控え場所へ戻ったカナリアを、


リュシエンヌが待っていた。


「なんだ?」


「私、言いましたよね?」


「何をだ?」


「なるべく目立たないようにお願いしますねって」


「分かっている」


「わかってなーい!」


思わず大きな声を出したリュシエンヌが、


慌てて周囲を見る。


何人かの選手がこちらを見ていた。


「……アデル」


今度は小声。


「もう少し、こう……普通に勝てません?」


「普通に戦ったが?」


「普通の人は、あんな一瞬で喉元に剣を突きつけません」


「そうなのか?」


「そうです」


アデルハイドは少し考えた。


「怪我はさせていない」


「そういう意味じゃなーい!」


再び声が大きくなる。


「しー!」


自分で口元に指を当て、


リュシエンヌはさらに声を落とした。


「潜入なんですよ、潜入」


「分かっている」


「だったら、もう少し目立たないように」


「手を抜けということか?」


「そこまでは言ってませんけど……」


「相手は本気だった」


アデルハイドは、


淡々と答えた。


「ならば、私も本気で相手をする。それが礼儀だろう」


「……」


リュシエンヌが額を押さえた。


こういう女だった。


分かっていた。


分かっていたはずなのだ。


「……もういいです」


「そうか」


「良くないですけどね」


アデルハイドは水を一口飲むと、


再び試合場へ目を向けた。


まだ一人倒しただけ。


Aブロックを抜けるには、


あと二人。


—


本戦は進んでいった。


剣。


槍。


斧。


槌。


棍を使うリン・チェイほどではないが、


様々な武器を使う女たちがいる。


本戦まで残った三十二人。


誰一人、


ただ運だけでここに立っている者はいない。


有名な剣士が順当に勝ち、


無名の女が前評判を覆す。


一撃で決まる試合もあれば、


互いに膝をつきながら続く試合もあった。


歓声。


怒号。


時折、


悲鳴。


そして、


勝者の名が呼ばれるたび、


賭け札を握った女たちの喜びと悲鳴が会場のあちこちで上がった。


やがて、


Aブロック二回戦。


再び、


その名前が呼ばれた。


「カナリア・フランベルジュ!」


一回戦とは違った。


「カナリア!」


「来たぞ!」


「今度も一瞬で決めろ!」


歓声が増えている。


アデルハイドは、


試合場へ歩きながら僅かに首を傾げた。


「……?」


なぜ自分の名を呼んでいるのか。


分からない。


だが、


どうでもいい。


正面には、


既に対戦相手がいる。


細身の長剣。


一回戦を見た限り、


速さを得意とする剣士。


「構え!」


二人が剣を構える。


「始め!」


今度は、


相手が動かなかった。


カナリアも動かない。


一回戦を見ていたのだろう。


不用意に踏み込んで、


一瞬で懐へ入られるつもりはない。


じり。


じり。


互いに間合いを測る。


観客席も、


静かになっていく。


相手の剣先が小さく動いた。


右。


左。


僅かな誘い。


カナリアは動かない。


女が踏み込んだ。


速い。


突き。


キン!


カナリアが払う。


すぐに剣を引く。


二撃目。


キン!


三撃目。


途中で軌道が変わる。


肩。


カナリアが半歩ずれた。


空を切る。


女が追う。


だが、


カナリアは既に動いていた。


サーベルが女の剣を押さえる。


女が引こうとする。


引けない。


一歩、


カナリアが前へ出た。


「!」


切っ先が、


胸元で止まった。


「そこまで!」


大歓声。


「おおおおお!」


「カナリア!」


「やっぱり強え!」


「また勝った!」


「次もいけるぞ!」


アデルハイドは、


静かにサーベルを収めた。


「勝者!カナリア・フランベルジュ!」


相手と一礼を交わし、


試合場を後にする。


歓声は、


一回戦よりさらに大きくなっていた。


「ほら見ろ!私の言った通りだ!」


「お前、いつからカナリア推しになったんだよ」


「予選からだよ」


「さっきもそれ言ってた奴いたぞ」


「私は地方予選からだ」


「絶対嘘だろ!」


「本当だって!」


いつの間にか、


昔から知っていた女が増えている。


その中を、


アデルハイドは振り返ることなく歩いていった。


二人。


倒した。


あと、


一人。


その一人を倒せば、


Aブロックを抜ける。


アデルハイドにとって、


今のところ重要なのは、


それだけだった。


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