トーナメント予選
大会が始まった。
剣の乙女と銘打っているが、使われる武器は剣だけではない。
槍、斧、鎚矛、棍。
鉄砲や弓などの飛び道具以外なら、基本的に何を使っても構わない。
剣や槍、斧といった刃物は、刃を潰したものを使用する。
それでも、鉄の塊であることに変わりはない。
骨は折れる。
当たり所が悪ければ、命を落とすこともある。
そのため出場者は、事前に同意書への署名を求められる。
それでも毎年、王国中から一万人近い腕自慢が集まってくる。
各地で地方予選が行われ、勝ち残った約二百名が王都へ集結する。
そこで本予選。
二戦、あるいは三戦を勝ち抜き、ようやく三十二名にまで絞られる。
本戦が始まるのは、その二日後。
三十二名によるトーナメント。
五つ勝てば優勝だ。
もっとも、有力貴族や大会関係者から強力な推薦を受けた者は、地方予選や本予選を免除される場合もある。
今年、その制度を利用した者はいなかった。
王国十傑の一人。
ロイエンベルク侯爵家騎士団長、エルザ・ハーゲン大佐でさえ地方予選から勝ち上がってきている。
そして、もう一人。
その名を知る者など、少し前までは誰もいなかった。
「始め!」
合図と同時に、一人の女が踏み込んだ。
対する女も剣を振り上げる。
だが、
「え?」
キン!
剣が宙を舞った。
一拍遅れて地面へ落ちる。
「そこまで!」
開始から、ほんの数秒。
黒い目元の仮面。
美しい髪は鍔広の帽子の中に隠されている。
腰に下げているのは一本のサーベル。
カナリア・フランベルジュ。
地方予選から突然現れ、本予選を危なげなく突破した正体不明の女だった。
「まただ!」
「何秒だ、今の?」
「十秒も経ってないぞ!」
「くそっ、もっとカナリアに賭けときゃよかった!」
観客席から声が飛ぶ。
カナリアは倒した相手へ一礼すると、そのまま試合場を後にした。
汗一つかいていない。
呼吸も乱れていない。
本戦二戦目。
これでベスト八。
だが、本人にとっては特別なことでもなかった。
—
本予選が始まる前。
リュシエンヌは、黒い仮面をつけた女を前に念を押していた。
「アデル、なるべく目立たないようにお願いしますね」
「分かっている」
「本当ですよ?正体を隠すためにその格好してるんですからね?」
「分かっている」
「ならいいんですけど」
そして、一試合目。
「始め!」
キン!
「そこまで!」
リュシエンヌの口が開いた。
二試合目。
「始め!」
ガン!
「そこまで!」
三試合目。
「始め!」
キン!
「そこまで!」
戻ってきたアデルハイドを、リュシエンヌが両手を広げて迎えた。
「わかってなーい!」
アデルハイドが僅かに首を傾げる。
「怪我はさせていない」
「そういう意味じゃなーい!」
—
本戦会場では、別の試合が始まっていた。
槍を持った女と、大きな棍を持った女。
槍が間合いを取ろうとする。
棍が強引に踏み込む。
「おお!」
「行け!そこだ!」
「足だ!足を狙え!」
観客席から好き勝手な声が飛ぶ。
試合場の外では酒が売られ、肉が焼かれ、賭け札を握った女たちが声を枯らしている。
祭りだ。
王国でも名の知れた剣士が出る一方で、地方の町では有名でも王都では誰も知らないような者もいる。
騎士もいる。
兵士もいる。
道場の娘もいる。
傭兵もいる。
鍛冶屋や農家の娘までいる。
腕に覚えがある。
ただ、それだけで全国から集まってくる。
「そこまで!」
棍を持った女が両手を上げた。
「やった!」
観客席から女が飛び上がった。
「また勝った!これで一週間はうまい酒が飲めるぞ!」
その隣では、別の女が頭を抱えていた。
「嘘だろ……今月の小遣い全部入れたんだぞ……」
「馬鹿だねぇ、あんな大穴に突っ込むからだよ」
「お前だって昨日負けてただろ!」
歓声。
罵声。
笑い声。
試合が終わるたびに金が動く。
その流れもまた、この大会の一部だった。
—
調査の合間を縫って、ユーリイは会場責任者席を訪れていた。
フロレンスは椅子に座り、試合場を眺めている。
その手元には、何枚もの紙が置かれていた。
選手の名前。
勝敗。
そして賭け金の動き。
ユーリイが隣に立った。
「今のところ、極端に怪しい動きをする選手はいないな」
「ああ、私も見ていたけど、多少の実力差はあっても、おかしな選手は見当たらないねぇ」
フロレンスが紙を一枚めくる。
「賭けの方も今のところ普通だよ。人気のある奴には金が集まるし、大穴狙いもいる。いつもの大会だ」
「ハーゲン大佐は?」
「そりゃ酷いもんさ」
「酷い?」
「倍率がね。あんなもんに賭けたって、酒代にもなりゃしない」
「まあ、そうなるか」
王国十傑。
しかもロイエンベルク侯爵家騎士団長。
本来なら、この大会に出場すること自体がおかしいほどの剣士だ。
推薦があれば予選など免除されて当然だったが、本人が拒否した。
地方予選から出場し、本予選も自ら戦った。
そして当然のように本戦へ進んでいる。
「カナリアは?」
「最初は大穴だったんだけどねぇ」
フロレンスが苦笑する。
「予選からあれだけやらかしゃ、馬鹿でも気付くさ。今じゃすっかり人気選手だよ」
試合場へ目を向ける。
ちょうどカナリアが退場していくところだった。
ユーリイもその姿を眺める。
「……目立ってるな」
「何だい?」
「いや、なんでもない」
リュシエンヌの苦労が、少しだけ分かった。
しばらく試合を眺める。
今のところ異常はない。
極端に疲れを知らない選手もいない。
不自然なほど力が増した者もいない。
賭け金の流れにも、目立った偏りはない。
ただの剣技大会だ。
少なくとも、今は。
ユーリイは試合場を見ながら、ふと思いついたように口を開いた。
「ところでさ……」
「うん?何だい?」
「大会には俺出れないのか?」
フロレンスがユーリイを見る。
「出場受付は既に終わってるし、何よりあんた乙女じゃないだろ?」
「確かに」
ユーリイは頷いた。
それからフロレンスを見る。
「じゃああんたは出れるな」
「うるせー!」




