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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義 豊


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祭りの始まり

パパーン、パンパン!


快晴の空に、花火が上がる


色とりどりの花吹雪が舞い、王都の外縁エリアは朝から大勢の人で賑わっていた


剣の乙女トーナメントが開催される闘技場


そこから500メートルほど離れた場所に建つ、歌姫の籠の会場となるコンサートホール


二つの会場を結ぶ大通りには所狭しと出店が並び、焼きたての肉や菓子の香りが漂っている


あちらでは串焼きを頬張る子供たち


こちらでは早くも優勝候補について熱く語り合う女たち


歌姫の籠の出場者を応援する一団が、揃いの衣装で歌いながら通りを練り歩いている


年に一度の大きな祭り


今年も無事に開催の日を迎えることができた


フロレンス・デシェルトは、そのことにひとまず安堵していた


もっとも、本当に安心できるのは二つの大会が無事に終わってからだ


今年は例年とは事情が違う


歌姫の籠では、新たに導入された観客投票がどのような結果をもたらすのか


剣の乙女トーナメントでは、ここ数年続いている不可解な優勝者の問題


そのどちらにも、フロレンスは深く関わることになっていた


闘技場へ向かう道すがら、人の流れを眺めながら、これからの自身と部下たちの役割や配置を考える


そんな彼女の目に、見知った顔が映った


「おお、ユーリイ!早いな。よく来てくれ……」


「あんたら弟に近づくんじゃないよ!」


突然響いた怒鳴り声に、フロレンスは言葉を止めた


声のした方を見ると、一人の若い男を中心に、何人もの女たちが取り囲んでいる


いや、取り囲んでいるというよりも、守っていると言った方が正しいだろう


まるで女王アリを守る働きアリのように、男の周囲を女たちが固めていた


男はまだ少年と言ってもよい年頃で、なかなかの美少年だった


どうやら家族で大会を見に来たらしい


その少年に近づこうとする女たちを、姉と思われる一団が牽制していた


「だったら、こんな所に連れ来るんじゃないよ」


「弟はこの大会が好きなんだよ!」


「だったら家で大人しくしてりゃいいじゃないか」


「自由の利かない弟のたっての願いだ、聞くのが姉の役割だろうがよ!」


少年は姉たちの後ろで、少し困ったような顔をしている


しかし、姉たちも一歩たりとも譲るつもりはないらしい


「ケチケチすんじゃないよ。こういう場の男……美少年は祭りの花って言うだろう?」


女の一人が、少年に向かって手を伸ばした


ボカッ!


「汚ねー手で触るんじゃないってんだ!」


少年の姉の一人が、その女を殴り飛ばした


「てめえ!調子に乗ってんじゃねーぞ!」


殴られた女が立ち上がる


その仲間たちも、黙ってはいなかった


少年の周囲にいた姉たちが、一斉に殺気を纏う


対する女たちも、剣呑な雰囲気を漂わせ始めた


周囲の見物人が、慌てて距離を取る


今にも乱闘が始まりそうになった、その時だった


「はいはい!そこまで!」


両者の間に、フロレンスが割って入った


「祭り前にはしゃぎすぎるな。な?」


「誰だ?お前は!」


「おい、やばい!顔役のフロレンスだよ!」


「え?薙ぎ倒しのフロレンス!?」


「ああ?」


今度はフロレンスが剣呑な雰囲気を漂わせた


「ひっ!」


先ほどまで息巻いていた女たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった


「ちっ!誰が薙ぎ倒しだよ……」


フロレンスは逃げていく女たちの背中を睨みつけた


ふと横を見ると、ユーリイが笑っている


「おい、ユーリイ。何笑ってんだよ」


「いや、人から聞いたけど、本当にそう呼ばれているんだな?あと、賭博場の突貫娘だっけ?」


「あんたも喧嘩売ってる?」


「悪い、揶揄うつもりはなかったんだが、気を悪くしたんなら謝る」


「ったく……誰だよ、その人ってのは」


「多分、あんたの知らないやつだよ」


「ふーん……」


フロレンスは少しばかり不満そうな顔をしたが、それ以上は追及しなかった


「あんたが顔役なんだね。助けてもらって感謝する」


少年を守っていた女たちの中から、一人が進み出た


おそらく、この家のハースなのだろう


「何、あいつらを助けただけさ。あんたらだったら瞬殺だろ」


「ははっ!違いない!」


二人は互いにニヤリと笑った


「ま、せっかくの祭りだ。喧嘩なんかしてないで楽しんでいきな」


「ああ、そうさせてもらうよ」


フロレンスは、姉たちの後ろにいた少年に目を向けた


「お兄ちゃんも楽しんでいってな」


「はい!」


少年は元気よく返事をした


姉たちに囲まれながら、嬉しそうに闘技場へ向かっていく


その後ろ姿を見送ってから、フロレンスは再びユーリイに向き直った


「さて、あんた一人かい?」


「いや、もう一人いる」


ユーリイが後ろを振り返ると、ちょうど串焼きを片手にしたタッカーが歩いてきた


「おう、ユーリイ。何か騒がしかったな」


「ちょっとした喧嘩だよ」


「ああ、こいつとは最初に会ったよな。俺の相棒の……」


「タッカーだったね」


「ああ、そうだ」


ユーリイは、少し離れた場所に見える大きな建物を指さした


「こいつには、あっちのコンサートホールに向かってもらう」


「歌姫の籠の方かい?」


「ああ。俺は闘技場の方を見て回る」


「なるほどね」


フロレンスはタッカーに目を向けた


「じゃあ、そっちは頼んだよ」


「おう、任せとけ」


タッカーは残っていた串焼きを口に放り込んだ


「じゃ、俺は行くわ」


「ああ、頼む」


タッカーは片手を上げると、コンサートホールへ向かう人の流れに紛れていった


「さて、俺たちも行くか」


「そうだね。こっちだよ」


フロレンスに案内され、ユーリイは闘技場へと向かった


***


闘技場の周囲は、コンサートホールに負けず劣らずの賑わいだった


出場者の名前が書かれた旗が立ち並び、各地から集まった応援団が威勢のよい声を上げている


予選を勝ち抜いた選手たちの名前を確認しながら、早くも賭けの相談を始めている女たちもいた


「あんた、今年は誰に賭けるんだい?」


「そりゃ、エルザ・ハーゲンだろ!」


「馬鹿言うんじゃないよ。あんな本命に賭けたって、儲かりゃしないだろうが!」


「じゃあ、あんたは誰に賭けるってんだい?」


「それを今から見極めるんじゃないか!」


そんな会話が、あちらこちらから聞こえてくる


ユーリイは周囲を眺めながら、フロレンスの後について歩いていた


その時だった


「おいおい、なんだい?こんな所に男がいるじゃないか!」


一人の大柄な女が、ユーリイを見つけて声を上げた


「なんだい、ここにいる男は?優勝賞品ってわけかい?」


「ええっ!優勝賞品は男か?私も出ればよかった!」


周囲の女たちが、どっと笑った


「おいおい、勝手に決めるなよ」


ユーリイが苦笑する


フロレンスも肩を揺らして笑っていた


「ははは!そうだねえ。優勝できたら考えてやってもいいよ!」


「おい、フロレンス!」


「冗談だよ、冗談!」


しかし、大柄な女は冗談だけでは済まさなかった


「へえ、なかなかいい男じゃないか」


そう言いながら、ユーリイの腕を掴んだ


「おい!」


フロレンスの表情が変わる


「何触ろうとしているんだい!」


近くにいたフロレンスの部下たちが、慌てて駆け寄った


だが、その必要はなかった


ユーリイが掴まれた腕をくるりと回す


「え?」


大女の身体が傾いた


どさり!


気がついた時には、大女は床に転がされ、腕を極められていた


「いだだだだ……!」


「商品に触るのはおやめくださいってな」


ユーリイは腕を極めたまま、女を見下ろした


「まだやるかい?」


「やらない!やらないから、離しておくれよ!」


「なら、よし」


ユーリイが手を放す


大女は慌てて身体を起こすと、極められていた腕をさすった


「ったく……なんて男だい!」


周囲から笑い声が上がった


フロレンスも腹を抱えて笑っている


「はははは!分かったかい。綺麗な花には棘があるんだよ!」


「誰が花だよ!」


その一言に、周囲はさらに大きな笑い声に包まれた


ユーリイは、先ほど駆け寄ってきたフロレンスの部下に目を向けた


「あんたもありがとな」


「いえ」


部下は軽く頭を下げた


「さあさあ!見世物は終わりだよ!あんたらも早く席につきな!」


フロレンスが手を叩きながら、周囲の女たちを追い払う


「なんだい、もう終わりかい!」


「いい男だったねえ!」


「だから、あんたら!さっさと行きな!」


笑いながら散っていく観客たちを見送り、フロレンスはユーリイに向き直った


「まったく、あんたも大した男だねえ」


「俺は何もしてないぞ。向こうから掴んできたんだからな」


「ははっ!そりゃそうだ!」


二人は笑いながら、闘技場の中へと入っていった


***


それから、しばらくして


カーン!カーン!カーン!


大会の開始を告げる鐘が、闘技場に鳴り響いた


観客席から大きな歓声が上がる


華やかな衣装を身に纏った大会の進行役が、闘技場の中央へと進み出た


「皆様!大変長らくお待たせいたしました!」


その声に、観客たちが一斉に注目する


「これより、剣の乙女トーナメントを開催いたします!」


割れんばかりの拍手と歓声が、闘技場を包み込んだ


こうして、今年も二つの大会の幕が上がった

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