王女の剣
「ここにいるアデルハイドを、対抗馬として出場させます」
「え?」
ユーリイはアデルハイドを見た。
そして、すぐにオーレリアへ視線を戻す。
「ダメダメ、ダメですよ。クロイツベルク少佐って殿下の近衛で有名人ですよ?」
「大丈夫です。ちゃんと手を考えています」
「手?」
オーレリアが隣を見る。
「アデルハイド」
「……」
こく。
アデルハイドが立ち上がり、
そのまま部屋を出ていった。
「……何です?」
「見れば分かるわよ」
しばらくして、
扉が開いた。
「………」
ユーリイが固まる。
そこに立っていたのは、
つばの広い帽子を深く被り、
目元を黒い仮面で覆った女だった。
普段は背に流している美しい黒髪も、
今はまとめられ、帽子の中へすっかり隠されている。
腰には一本のサーベル。
服装も普段の軍装とはまるで違う。
横には、ウキウキなリュシエンヌが立っていた。
オーレリアが満足そうに笑った。
「ね?なかなか素敵じゃない?」
「……」
ユーリイはじっと見る。
タッカーも見る。
「確かに……随分印象は変わりますけど」
「でしょう?」
「でも、それだけで大丈夫ですか?」
「もちろん、それだけじゃないわ。髪を隠して、顔を隠して、服装を変える。それに――」
オーレリアの視線が、
アデルハイドの腰へ落ちる。
ユーリイも気付いた。
「武器も違う」
「そういうこと」
アデルハイドが普段使っているのは、
ショートソードとダガー。
両手に一本ずつ持つ独特の戦闘スタイルだ。
それが今は、
サーベル一本。
「大会では、そのサーベルで?」
「そうだ」
「やれるんですか?」
「元々クロイツベルク家ではサーベル剣術を学んでいた」
「ああ、なるほど」
アデルハイドが現在の戦闘スタイルへ辿り着いたのは、
その後のことだ。
学んだ剣術を土台に、
自分に合うものを選び、
必要なものを加えていった。
その結果、
サーベルはショートソードへと変わり、
空いていた左手にはダガーを持つようになった。
今では、
それがアデルハイドの剣だった。
だから、
サーベルが扱えないわけではない。
むしろ、
彼女にとっては剣の始まりとも言える武器だった。
「これなら戦い方から正体が知られる可能性も減るか」
「そういうことね」
「それで、名前は?」
「カナリア・フランベルジュ」
「……」
ユーリイはもう一度、
仮面の女を見る。
「カナリア・フランベルジュ?」
「ええ」
オーレリアは満足そうだ。
タッカーも、
「いいんじゃないか?」
と頷いている。
「お前、こういうの好きそうだもんな」
「なんだよ、格好いいじゃねえか」
その間も、
カナリア・フランベルジュとなったアデルハイドは、
無言で立っている。
「少佐は、それでいいんですか?」
「……」
こく。
どうやら本人も異論はないらしい。
「ともかく、アデルハイドには別人として大会へ出てもらいます」
オーレリアが机の上の資料へ手を置いた。
「エルザ・ハーゲン中佐が出場する。それだけでも、これまでとは状況が違います」
王国十傑。
本来なら、
剣の乙女トーナメントに出場する必要すらないほどの剣士。
「当然、相手も警戒するでしょうね」
「エルザ中佐が出ると分かった時点で、今年は何もしない可能性もある」
「ええ」
それでは、
ロイエンベルク侯爵家が求める答えは得られない。
昨年、
あの騎士に何が起きたのか。
何者かが本当に大会を利用しているのか。
今年だけ何事もなく終われば、
再び闇の中へ消えてしまう。
「そこで、もう一人です」
オーレリアがアデルハイドを見る。
「ロイエンベルク侯爵家とは何の関係もない、正体不明の剣士を出場させる」
「しかも、相当に強い」
「ええ」
ユーリイにも意図が見えてきた。
エルザ一人なら、
避けることができるかもしれない。
だが、
優勝するためには最後まで勝ち続けなければならない。
もう一人、
別の強者が大会に紛れ込めば、
その分だけ逃げ道は狭くなる。
「エルザ中佐と少佐。二人を大会に置くわけですね」
「そういうこと」
「でも、少佐」
「何だ?」
「危険なのは分かってますよね?」
「承知している」
答えは早かった。
昨日、
フロレンスから聞いた話。
普段なら大会を制するほどではない剣士が、
ある時を境に、
まるで別人のような力を見せる。
疲れを知らず、
傷を受けても止まらない。
何を使っているのかは、
まだ分からない。
どこまで人間の身体を変えるものなのかも分からない。
「殿下からも、危険だと判断した時点で棄権するよう命じられている」
「ならいいんですが」
アデルハイドの手が、
腰のサーベルへ触れる。
「だが、その必要はないと思っている」
静かな声だった。
自信はある。
だが、
驕っているわけではない。
自分が何をしに行くのか、
どんな相手と戦う可能性があるのか。
それを承知した上での言葉だった。
「分かりました」
ユーリイは頷いた。
「それで、俺たちは何を?」
「あなたたちは今まで通り、フロレンスから受けた依頼を続けて」
「殿下からの依頼と一緒にしない?」
「ええ」
オーレリアは頷く。
「私たちはどうしても王女殿下の人間だから、動けば目立つわ」
「まあ、中佐殿が会場をうろうろしてたら、何か調べてると思いますね」
「でしょう?」
「リュシエンヌ少佐なら、もっと思われます」
「なんでよ!」
横から声が飛んできた。
「日頃の行いじゃないですか?」
「シーゲル殿、最近ちょっと私の扱い雑になってない?」
「気のせいです」
「絶対気のせいじゃない」
オーレリアが小さく笑う。
「だから、あなたたちはあなたたちで動いて。フロレンスは賭場の金の流れを見る。あなたたちは外から大会を見る。そして、私たちは私たちで調べる」
「分かりました」
ユーリイは、
もう一度アデルハイドを見る。
つばの広い帽子。
黒い仮面。
その中に隠された黒髪。
そして、
一本のサーベル。
知っている姿とは、
確かに違う。
「しかし……」
「何?」
「本当にその格好で大会に?」
「……」
こく。
「少佐、ひょっとして気に入ってません?」
「……」
アデルハイドは答えない。
ただ、
帽子のつばを指先で少しだけ直した。
タッカーが笑う。
「気に入ってるな」
「……」
返事はなかった。
オーレリアだけが、
楽しそうに笑っていた。
メローペ第四王女が、
ロイエンベルク侯爵家を後押しするために放つ一手。
その名は、
カナリア・フランベルジュ。
まだ誰も知らない、
王女の剣だった。




