王女介入の理由(わけ)
「では、何でメローペ殿下は今回の件に介入を?」
ユーリイは腕を組み、少し考えるようにオーレリアを見た。
「何らかの不正や陰謀はあるみたいですが、王族が介入する問題ではないでしょう?」
「そうね」
「色街の麻薬の蔓延は、殿下をして介入するに足る問題でしたが……」
人の身体を蝕む薬物が色街を中心に広がりつつあった。
放置すれば王都全体へと広がりかねない。
だからこそ、あの時はメローペ自身が動いた。
だが、今回は違う。
剣の乙女トーナメントで不可解な優勝者が出ている。
それも毎年ではなく、数年に一度。
確かに怪しい。
賭けに不自然な金の動きがあるというフロレンスの話まで加えれば、何者かが大会を利用している可能性は高いだろう。
だが、それでも王女が直接動くほどの話には思えなかった。
大会で不正が行われているのなら、それを取り締まる機関へ任せればいい。
ユーリイの疑問に、オーレリアは頷いた。
「ええ、確かにそうね。昨年の優勝者がロイエンベルク侯爵家の者じゃなかったらね」
「ロイエンベルク侯爵家……」
ユーリイは首を傾げた。
「すいません、知りません。お前知ってるか?」
「知らん」
タッカーも即答した。
オーレリアは二人を見比べ、小さく笑う。
「まあ、あなたたちならそうでしょうね。ロイエンベルク侯爵家は、ここ最近台頭してきた貴族家です。ほんの五年前までは伯爵家でした」
「五年前?」
「ええ」
オーレリアの表情から笑みが消えた。
「前王太子殿下が亡くなられた年です」
部屋の空気が僅かに変わる。
五年前、
当時の王太子アルキオネが暗殺された。
その事件では王太子だけでなく、王配を始めとする王族の多くが巻き込まれた。
当時身籠っていた王女たちの母親も犠牲となり、
まだ生まれてすらいなかった王女たちまでもが命を失った。
王国そのものが大きく揺らいだ事件だった。
「王室が混乱する中、隣国ガラーデンベルク共和国との間で地域紛争が発生しました」
「そこにロイエンベルク家が?」
「ええ。前面に立って紛争を抑えたのが、当時のロイエンベルク伯爵家です。その功績によって、当主サラ・ロイエンベルク閣下は侯爵へと昇爵されました」
「なるほど」
「昔から王室に対して極めて忠義心の強い一族です。そして、この一族に仕える騎士団も練度が高く、優秀な剣士を数多く輩出してきました」
オーレリアは指を一本立てる。
「現在の騎士団長、エルザ・ハーゲン大佐は王国十傑」
もう一本。
「副長のローラ・ブラウン少佐は王国五十傑に数えられる剣士です」
「なら、そこの騎士が優勝するのはおかしなことではないのでは?」
ユーリイの言葉に、
オーレリアは首を横に振った。
「そうですね。三年に一度行われる女王杯剣技会ほどではないにせよ、剣の乙女トーナメントは歴代優勝者に、後世に名を残す剣聖や剣豪が名を連ねる由緒ある大会です」
「……」
「フロックで、中堅選手が一回戦や二回戦を勝つことはあるでしょう。でも、王国五十傑にも入らない剣士が優勝できるほど甘い大会ではありません」
ユーリイは黙った。
昨日、フロレンスから聞いた話を思い出す。
普段なら騎士団で五番手、六番手程度。
決して弱くはない。
むしろ一般的に見れば十分な強者だ。
だが、
大会を制するほどではない。
「昨年優勝したのは、ロイエンベルク騎士団の中堅だった?」
「ええ」
「そして、翌年の大会には出てこなかった」
「それどころか、騎士団を辞めています」
「……」
「他の有力貴族から声が掛かって移籍したわけでもない。道場を開いたわけでもない。優勝という実績を使って、より良い地位を求めたわけでもありません」
「今は?」
「故郷へ戻っています」
オーレリアは一度言葉を切った。
「身体を壊して」
タッカーが眉をひそめた。
「身体を?」
「ええ」
「試合で負った怪我ですか?」
「それが分からないの」
ユーリイは目を細めた。
大会で優勝するほどの力を見せ、
その直後に身体を壊し、
何も得ることなく騎士団を去る。
そして、
同じようなことが過去にも起きている。
「……なるほど」
「そして今年、さらにおかしなことが起きました」
「まだあるんですか?」
「エルザ・ハーゲン大佐が出場します」
ユーリイは一瞬黙り、
「……王国十傑が?」
「ええ」
「それは……」
ユーリイでも、その異常さは分かった。
オーレリアが続ける。
「剣の乙女トーナメントは、どちらかと言えば次世代の俊英の出現を期待する大会です。もちろん、エルザ大佐が出場してはいけないという規則はありません」
「でも、普通は出ない?」
「ええ。彼女ほどの剣士が実力を示すのであれば、三年に一度の女王杯剣技会があります」
既に王国十傑として名を知られた剣士が、
これから名を上げようとする者たちの大会へ出る。
規則には反していない。
だが、
本来なら控えるべきもの。
「ハーゲン大佐も、それは十分承知しています」
「それでも出ると?」
「ええ」
「何故です?」
「昨年優勝した騎士は、彼女の部下です」
その一言で、
ユーリイにも分かった。
「……そういうことか」
騎士団長自ら大会へ出る。
自分の部下に何が起きたのか、
その目で確かめるために。
「ですが、それだけならロイエンベルク侯爵家の内部の問題です」
オーレリアは続けた。
「殿下が動かれた理由は、もう一つあります」
「もう一つ?」
「サラ・ロイエンベルク侯爵閣下です」
「当主?」
「ええ」
オーレリアは頷く。
「ハーゲン大佐の出場について、侯爵閣下自ら王室へお伺いを立てられました」
ユーリイの表情が変わった。
「……そこまでしたんですか?」
「ええ」
大会へ出場するだけなら、
本来、侯爵家の騎士が王室へ許可を求める必要などない。
まして、
騎士団長本人だけではない。
主君である侯爵までが、
その無茶を承知した上で後押ししている。
「五年前、王室が最も苦しかった時に国を支えたロイエンベルク侯爵家です」
オーレリアの声が少し低くなる。
「その当主が、王国十傑である自家の騎士団長を、本来なら出る必要のない大会へ送り出す。そして、そのことをわざわざ王室へ伝えてきた」
「……」
「何もないと思う方がおかしいでしょう?」
ユーリイはしばらく黙っていた。
エルザ・ハーゲンも、
サラ・ロイエンベルクも、
何が待っているのか分からない。
それでも、
一人は自ら大会へ入り、
一人はそれを送り出した。
「では、殿下はその調査を我々と一緒になさると?」
「ええ」
オーレリアは頷いた。
「そして殿下は、ロイエンベルク侯爵家を後押しするつもりです」
「と言うと?」
オーレリアの視線が動く。
その先にいたのは、
先ほどから黙って話を聞いていたアデルハイドだった。
「ここにいるアデルハイドを、対抗馬として出場させます」




