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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義 豊


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202/224

剣の乙女トーナメント②

ユーリイは手渡された紙に目を落とした


名前


所属


階級


そして、これまでの戦歴


「……騎士団長?」


「ええ」


オーレリアが頷く


「ロイエンベルク侯爵家の私騎士団長よ」


タッカーが横から紙を覗き込んだ


「団長自ら出るんですか?」


「そこなのよ」


オーレリアが腕を組む


「剣の乙女トーナメントは身分を問わず参加出来る大会だけど、普通は騎士団長ともなれば出ないわ」


「勝って当然、負ければ騎士団の名に傷がつく」


ユーリイが言う


「ええ、それだけじゃない。主家の名にもね」


得るものに対して、


失うものが大きすぎる


若い剣士が名を上げるために出るのとは訳が違う


「それでも出場すると」


「そう」


「理由は聞かれたのですか?」


「聞いたわよ」


オーレリアが肩をすくめる


「『少し思うところがある』ですって」


「……それだけですか?」


「それだけ」


ユーリイは再び紙へ目を落とした


騎士団長ともなれば、


己の一存だけで動ける立場ではない


それでも主家の許可を得て大会へ出る


何かがある


そう考える方が自然だった


「もう一つあるの」


リュシエンヌが別の紙を差し出す


「同じ騎士団から、もう一人出場します」


ユーリイは受け取った


先ほどとは別の名前


若い


だが、


騎士としての経歴は十分にある


「その方の腕前は、どの程度なのでしょうか?」


「弱くはありませんよ」


リュシエンヌが答える


「むしろ強い方です。ただ……」


「五番手か六番手ですか?」


リュシエンヌの言葉が止まった


「……よく分かりましたね」


ユーリイは手元の書類を見る


「先ほど聞いた話と同じです」


「あ……」


「フロレンスが気にしていた過去の優勝者も、その辺りだったそうです」


オーレリアの表情が険しくなる


偶然


そう片付けるには、


少しずつ同じものが重なり始めていた


「騎士団長が出場する理由と、この方が出場することに関係があるかは分かりません」


ユーリイが紙を机へ置く


「ただ、調べる価値はありそうですね」


「お願い出来る?」


「既にフロレンスから同じ大会について依頼を受けています。こちらでも調べます」


「助かるわ」


オーレリアが息を吐いた


話が一段落したところで、


ユーリイが続ける


「それと、俺たちはこの件と歌姫の籠の警備も依頼されています」


「歌姫の籠?」


オーレリアが首を傾げた


「オーレリア、あれですよ。同じイベント期間に行われる音楽コンクール」


「ああ!そういうイベントがあるのは知ってたけど、大会名までは知らなかったわ」


リュシエンヌが苦笑する


「結構有名な歌手を輩出しているんですけどね。ブルーナ・サターンとか、エドナ・シアーネとか」


「あら、その人たち私でも知っているわよ。へえ、そんな有名人出している大会なんだ」


「最近はさっぱりですけどね」


「そうなの?」


「ええ」


「……」


アデルハイトは黙っている


ユーリイはフロレンスから聞いた話を説明した


歌姫の籠


王都で開かれる音楽コンクール


かつては身分や後ろ盾に関係なく、


歌そのものを評価され、


そこから多くの歌手が世に出た


だが、


いつからか事情が変わった


特定の貴族や有力者を後ろ盾に持つ歌手が上位を占めるようになり、


審査員も固定化していった


誰が上位に入るのか


誰が優勝するのか


大会が始まる前から分かる


そんな声まで出るようになった


「それで今年から、観客の投票も審査に加えることになったそうです」


「観客の?」


「はい」


ユーリイが頷く


「フロレンスが提案したそうです」


オーレリアが少し意外そうな顔をする


「薙ぎ倒しのフロレンスが?」


「歌が好きらしいですよ」


「へえ……」


オーレリアが小さく笑う


「人は見かけによらないものね」


「……」


アデルハイトは黙っている


「でも、賭博場の顔役の提案がそのまま通るものなの?」


「いえ。最終的に賛成したのがブーブ伯爵だったそうです」


「イレーヌ様が?」


「今年の開催に関する会合に、国の代表として伯爵ご本人が出席されていたそうです」


「なるほどね」


オーレリアが頷いた


「それなら通るわ」


リュシエンヌも感心したように頷く


「それにしても、ブーブ伯爵は流石ですね」


「まあね。さすがは我が国きっての大臣様ですよ」


従来のやり方を変える


それも、


長く続いてきた大きな催しの仕組みを変える


口で言うほど簡単なことではない


「ただ、観客投票になれば全部解決するという話でもないそうです」


ユーリイが続ける


「票を集めるために人を送り込むことも出来ますし、今まで利益を得ていた者が素直に引き下がるとも限りません」


「あら、こっちもきな臭い話があるのね?」


「はい。だから警備も頼まれています」


「剣に歌ねぇ……」


オーレリアが呟く


「せっかくのお祭りなんだから、普通に楽しめばいいのに」


「そうはいかない人もいるんでしょう」


「嫌ねぇ」


「……」


アデルハイトは黙っている


オーレリアが、


ちらりと隣を見る


「……アデルハイト?」


「……」


返事がない


「アデルハイト」


「……ぁ、はい!」


アデルハイトが顔を上げた


オーレリアがじっと見る


「聞いてた?」


「はい」


「本当に?」


「……はい」


「じゃあ、何考えてたの?」


「……」


リュシエンヌがアデルハイトを見る


少し考えて、


「あ」


何かに気づいた


「さっきの新作?」


「……」


こく


アデルハイトが頷いた


「まだ考えてたんですか?」


「美味しそうでした」


「買ったでしょう?」


「はい」


「じゃあいいじゃないですか」


「殿下へのお土産です」


「あ……」


自分の分ではない


オーレリアが額に手を当てた


「もう一個買ってくれば?」


「……よろしいのですか?」


「好きにしなさいよ」


「はい」


アデルハイトの返事が、


今日一番早かった


タッカーが小さく笑う


「まだ残ってますよ」


「後で買います」


「はいはい」


オーレリアが話を戻す


「でね、さっきの話なんだけど」


「はい」


今度はアデルハイトもしっかり顔を向ける


「剣の乙女トーナメントに、このアデルハイトが出ます」


「……」


ユーリイがアデルハイトを見る


タッカーも見る


エリザベスまで、


何となくそちらを見た


「クロイツベルク少佐が?」


「はい」


今度は即答だった


「殿下の許可も頂いています」


ユーリイは少し考える


「調査のためでしょうか?」


「それもあります」


オーレリアが答える


「外から調べるだけでは分からないこともあるでしょう?だったら一人、中へ入ってしまった方が早い」


「なるほど」


「それに」


オーレリアがアデルハイトを見る


「この子なら、まず簡単には負けないから」


「それはそうでしょうね」


ユーリイも異論はなかった


森を出た十九人


その中でも、


アデルハイトの身体能力は以前とは比較にならないほど高くなっている


元々、


メローペの剣として選ばれた女だ


技量が足りないわけでもない


タッカーがアデルハイトを見る


「優勝するつもりですか?」


「出る以上は」


アデルハイトが答える


「そのつもりです」


先ほどまで、


新作のパンのことを考えていた女と同じ人物とは思えない


ユーリイは机の上に並んだ紙を見る


騎士団長


その部下


そして、


アデルハイト・クロイツベルク


今年の剣の乙女トーナメント


どうやら、


例年とは少し違う大会になりそうだった。


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