剣の乙女トーナメント①
タッカーのパン屋
そこに相変わらず場違い感満載の三人の兵士の姿があった
一人はオーレリア・ド・モンテス中佐
もう一人はリュシエンヌ・フォルティエ少佐
そして最後はアデルハイト・クロイツベルク少佐
皆、第四王女メローペ・アデス殿下の近衛騎士だ
「あー!新作!美味しそう」
店に入るなり、リュシエンヌが商品棚へ駆け寄る
「本当にね。あれ?これアーダポル使ってる?」
オーレリアも横から覗き込んだ
棚に並んでいるのは、切り開いたパンの間に狐色に揚がったものを挟んだ新商品
「ええ、マッシュしたアーダポルに塩、香辛料、みじん切りにしたハムを混ぜ込んだものを揚げて挟んであります」
「へえ、美味しそう。殿下へのお土産これにする?」
「何個ずつにします?」
「殿下を豚さんにする気?一個でいいわよ」
「一個くらいじゃ豚さんになりませんよ」
「そうやって甘やかすから駄目なの」
そんな二人の横で、
アデルハイトは何も言わず商品棚をじーっと見つめていた
オーレリアがタッカーへ向き直る
「ナークニー殿、シーゲル殿はいつ戻る?」
「奴は今、簡単な依頼を受けています。もう直ぐ帰ると思いますが……」
「そう、じゃあ待たせてもらいます」
いつの間にか買い物を済ませたリュシエンヌが横に立っていた
右手には商品を入れた紙袋を持っている
商品棚を見続けていたアデルハイトがちらりとそちらを見る
そして、
また商品棚へ視線を戻した
カラカラ
木扉が開く
「悪い、少し時間がかかった」
全ての視線が声の主へ向けられる
「お帰り」
タッカーが答える
ユーリイは三人の姿を見て足を止めた
「これは……モンテス中佐。フォルティエ少佐、クロイツベルク少佐も」
「お邪魔してるわ」
オーレリアが軽く手を上げる
「シーゲル殿に少し話があってね」
「俺にですか?」
「ええ」
ユーリイはタッカーを見る
タッカーは肩をすくめた
「俺もまだ聞いてませんよ」
「分かりました。では上で」
――
ここは、店の二階にある事務所
同じ二階には大家のナージャ・ペトロフと、彼女の姉妹の家がある
五人が席についたところで、
カリカリ
小さな音がした
カリカリ
ユーリイが扉を見る
「少し失礼します」
席を立ち、
扉の近くまで行くと、そっと開ける
僅かに開いた隙間から三毛猫がするりと入ってきた
「あー!」
リュシエンヌが声を上げる
「君は!元気になったんだね」
エリザベスはリュシエンヌを見ると、そのまま部屋を横切った
椅子へ飛び乗り、
そこからテーブルへ
ユーリイのすぐそばに、ちょこんと座る
「すっかり元気になりましたよ」
ユーリイが頭を撫でる
エリザベスは気持ちよさそうに目を細めた
「へえー」
リュシエンヌが二人を見比べる
「しっかりご主人様をやってるじゃん」
ポン
軽くユーリイの肩を叩く
「シャー!」
「お!」
リュシエンヌが慌てて手を引っ込めた
エリザベスはこちらを睨んでいる
「生意気にも焼き餅焼いてる」
「何でそうなるんですか」
「だって、私がシーゲル殿に触った途端ですよ?」
「偶然ですよ」
「へえー?」
「猫にまで絡まないの」
オーレリアが呆れたように言う
「絡んでませんよ」
「話を始めてもいい?」
「あ、どうぞ」
オーレリアは小さく息を吐くと、
ユーリイとタッカーを見る
「あなた達は、剣の乙女トーナメントって知っているかしら?」
二人が顔を見合わせる
「知っておりますが、それが新しい依頼でしょうか?中佐殿」
「ええ」
オーレリアは頷いた
「少し調べてもらいたいことがあるの」
「お聞きします」
オーレリアは持ってきた書類を机の上へ置いた
「ここ数年の大会で、少し妙なことが起きているのよ」
「妙なこと?」
「優勝者よ」
ユーリイが紙を手に取る
そこには過去の大会の結果が記されていた
名前
所属
大会当時の年齢
簡単な戦績
「毎年ではないわ。ただ、ここ数年で何人か、事前にはほとんど注目されていなかった剣士が優勝している」
タッカーも横から書類を覗き込む
「番狂わせなら、たまにはあるんじゃないですか?」
「それだけならね」
オーレリアが答える
「問題は、その後よ」
「その後?」
「優勝した翌年、彼女たちは誰一人として大会へ戻ってきていない」
ユーリイが紙から顔を上げる
「全員ですか?」
「全員よ」
「所属していた騎士団を辞めた者もいます」
リュシエンヌが続ける
「剣そのものを捨てた人もいますよ」
タッカーが眉を寄せた
「せっかく王国の大会で優勝したのに?」
「そう」
ユーリイはもう一度、書類に並んだ名前を見る
「フロレンスの言ってた通りだな」
「だな」
タッカーも頷く
「……フロレンス?」
オーレリアが聞き返した
「賭博場の顔役、フロレンス・デシェルトです。俺たちは昨日、彼女から剣の乙女トーナメントについて依頼を受けています」
「賭博場……顔役……フロレンス……」
オーレリアが何かを思い出すように宙を見る
「ああ!賭博場の突貫娘!薙ぎ倒しのフロレンス!」
「知っているんですか?」
「昔のね」
それだけ言うと、
オーレリアは何事もなかったように書類へ視線を戻した
ユーリイもそれ以上は聞かなかった
「それなら話が早いわね」
オーレリアが一人の名前を指差す
「こちらでも少し調べたんだけど、この人」
ユーリイが目を落とす
「大会前は、所属していた騎士団でも特別目立った剣士じゃなかった」
「どの程度の方だったのでしょうか?」
「正確な順位なんてものはないけど、上から数えて五番手、六番手。その辺りだったそうよ」
ユーリイの指が止まる
「……五番手か六番手」
「何か?」
「フロレンスからも同じ話を聞きました」
オーレリアの表情が僅かに変わる
「同じ?」
「はい。妙な年の優勝者は、所属先でも五番手か六番手くらいの剣士だったと」
「そう……」
ユーリイは別の紙をめくる
また別の優勝者
さらに別の優勝者
どれも所属先では強い部類には入る
だが、
一番ではない
二番でもない
王国中から剣士が集まる大会で優勝するような人物ではなかった
少なくとも、
大会前までは
「それだけではありません」
ユーリイが言う
「フロレンスが気にしていたのは賭け金です」
「賭け金?」
「妙な年には、予選の頃から後に優勝する剣士へ不自然な金が入っているそうです」
オーレリアが腕を組む
「予選の頃から?」
「はい。ただ、その時点では優勝するような戦い方はしていないそうです」
「それなのに、お金だけは入っている」
「そういうことです」
オーレリアは黙った
まだ何かがあった証拠ではない
番狂わせもある
無名の剣士が大舞台で力を発揮することもある
だが、
それが何度も繰り返され、
その度に金まで動いている
「なるほどね」
オーレリアが呟いた
「私が思っていたより、ずっときな臭い話みたい」
「中佐殿は、何か別のことを?」
「ええ」
オーレリアは頷く
「今年の大会に、少し気になる人物が出るのよ」
「気になる人物ですか?」
「そう」
オーレリアは書類を一枚抜き出すと、
ユーリイの前へ置いた
「だから、その前に少し調べておきたかったの」
ユーリイはその紙を見る
そして、
ゆっくりと手に取った
そのすぐ横では、
話に飽きたエリザベスが大きな欠伸をしていた。




