王女殿下の質素なランチ
昼。
メローペの執務室には、
いつもの六人が揃っていた。
普段なら、
昼食のために別室へ移るところだが、
今日は違う。
執務机から少し離れたところに置かれたテーブル。
その上に、
料理が並んでいる。
茹でたアーダポル。
添えられたバターが、
熱でゆっくりと溶けている。
マイスのポタージュ。
薄く焼かれたアーダポルのガレット。
そして、
マイスの粉を焼いた、
少し黄色く平たいパン。
王女の昼食として見れば、
随分と質素なものだった。
メローペは、
目の前のアーダポルを見る。
「今年も無事収穫できたか」
「ええ」
リュシエンヌが、
手元の書類を確認する。
「殿下の直轄地、ヴァレール領、モンテス領の各実験農場で、十分な収穫が確認できたそうです」
メローペは、
席に着いている二人を見る。
マルグリット。
オーレリア。
二人が頷いた。
「来期からは、ラフォレ領、クロイツベルク領でも栽培を開始する予定です」
今度は、
エリスとアデルハイトが頷く。
「そう」
メローペは、
もう一度、
テーブルの上を見る。
三年前。
あの場所から持ち帰った、
ほんの僅かな種と苗。
それが今、
こうして皿の上にある。
「では、食べましょう」
五人の視線が、
メローペへ向く。
「我々の今を支えてくれた、マチアド、イヴェット……ジゼル」
少し間が空く。
「そして第二中隊の隊員達、第893小隊の隊員達」
メローペは、
静かに頭を下げる。
「全てに感謝を込めて……」
「「「「「感謝を込めて」」」」」
食事が始まった。
茹でたアーダポルを切る。
湯気が上がる。
溶けたバターを絡めて、
口へ運ぶ。
「…………」
懐かしい。
何度食べても、
そう思う。
「殿下」
リュシエンヌが、
マイスパンを割りながら言った。
「もう一つ、報告があります」
「何かしら?」
「先ほどご報告しました、殿下の直轄地、ヴァレール領、モンテス領で収穫されたアーダポルとマイスですが」
書類を一枚めくる。
「各地の孤児院、養老院へ寄進されました」
メローペの手が止まる。
「各施設に暮らす者たちの栄養状態は、かなり改善されたそうです」
「そう」
「それと、生活困窮者への炊き出しですね。こちらも以前より十分な量と回数を確保できています」
「…………」
「そして」
リュシエンヌは、
書類から顔を上げた。
「今年、殿下の直轄地では」
少しだけ、
声が弾む。
「飢餓による死者は、ゼロです!」
一瞬、
誰も何も言わなかった。
メローペは、
目の前のアーダポルを見る。
「……そう」
小さく、
笑った。
「殿下」
「今度は何かしら?」
「とうとう商品化に成功しました」
「あら?」
メローペが顔を上げる。
「何かしら?」
「持ってきて」
リュシエンヌが、
控えていた侍女へ声をかける。
「はい」
侍女が一度部屋を出る。
しばらくして、
盆を持って戻ってきた。
その上には、
二つの茶器。
リュシエンヌが、
片方の蓋を開ける。
メローペが、
少し目を見開いた。
「あら、これは紅茶」
もう一つ。
「それと、ウーロン茶」
「ええ」
リュシエンヌは、
満足そうに頷く。
「結局、ウーズィ、ズーオカ、シャーマの三大銘地には断られましたので、カゴーシャの生産業者へ話を持っていきました」
「断られたの?」
「見たこともない製法でしたからね。今までの作り方を変えるつもりはないと」
「そう」
「ですが、カゴーシャの生産者は興味を持ってくれました。かなり試行錯誤したみたいですけどね」
侍女が、
それぞれの茶を淹れる。
湯気とともに、
香りが広がる。
メローペは、
目を細めた。
「良い香り」
「でしょう?」
まず、
紅茶。
一口。
「…………」
次に、
ウーロン茶。
「ええ」
カップを置く。
「どちらも良い香り」
「私はウーロン茶が好きだな」
オーレリアが、
もう一口飲む。
「私はこっちですね」
エリスは、
紅茶を手にしている。
マルグリットも、
カップの中を見る。
「この紅茶……」
一口。
「もう飲めないと思っていたが」
もう一度、
香りを確かめる。
「我が領の生産者にも、話を持っていこうかな」
「いいんじゃない?」
リュシエンヌが笑う。
「競争相手が増えた方が、カゴーシャの人たちも喜ぶでしょうし」
「あなたは本当に商人ね」
「褒め言葉として受け取っておきます」
メローペは、
紅茶をもう一口飲んだ。
「マイテン親子のものとは、少し違うわね」
「ええ」
リュシエンヌが頷く。
「同じものにはならなかったそうです」
「でも」
メローペは、
カップを見る。
「これはこれで、美味しいわ」
「私もそう思います」
アデルハイトが、
静かに頷いた。
「ところで」
メローペは、
リュシエンヌを見る。
「エイクルは?」
「そちらも栽培は順調とのことです。ただ、まだ実を十分摘めるほどには育っていないようですね」
「そう」
メローペは、
窓の外を見る。
三年前。
持ち帰ったもの。
少しずつ、
育っている。
「分かった」
紅茶を一口。
「収穫できるのを、楽しみに待つとしよう」
テーブルの上には、
アーダポル。
マイス。
紅茶。
ウーロン茶。
王女殿下の昼食としては、
随分と質素なものだった。




