懐かしい味、馴染んだ味
いつものタッカーのパン屋。
夕方。
既にほとんどのパンが売り切れている。
棚に残っているのは、
固い黒パンが二つと、
形の悪い丸パンが三つ。
菓子パンの棚は綺麗に空になっていた。
相変わらず、
よく売れている。
店に入ると、
タッカーが何やらにやにやしていた。
「何だい? 気持ち悪いな」
「まぁ、食え」
奥から皿を持ってくる。
「また新作か?」
「そうだ」
「お前の新作、創作、ハズレが多い……」
「うるせえな。いいから食え」
目の前に皿が置かれる。
「…………」
細長く、
きつね色に揚がったものが山になっている。
見るからに美味そうだ。
一つ摘まむ。
まだ温かい。
口に入れる。
サクッ。
表面が軽く砕け、
中は柔らかい。
香ばしい香りが、
口いっぱいに広がる。
「…………」
何より、
懐かしい味がした。
もう一つ。
「アーダポルか?」
「おう」
ナストロンドから持ち帰った、
アーダポルという芋。
あそこでは、
何度か食べた。
茹でたもの。
焼いたもの。
潰したもの。
タッカーが作ったこれは、
マッシュしたアーダポルを細長くして、
油で揚げたものらしい。
料理の概要が分かるのは、
タッカーの奴が普段から、
パン種を油で揚げたものを作っているからだ。
「そのまま揚げたんじゃないのか?」
「最初はな」
「駄目だった?」
「いや、旨かったぞ」
「じゃあ、何で潰したんだよ」
「色々試した」
「暇だな」
「パン屋を何だと思ってるんだ」
「パンを作るところ」
「新しいものを考えるのも仕事だ」
「ハズレ多いけどな」
「まだ言うか」
もう一本。
旨い。
これは、
当たりだ。
「これにつけると旨いぞ」
タッカーが、
小さな器を置く。
赤いソース。
一本摘まみ、
たっぷりつける。
口に入れる。
「…………」
甘い。
酸っぱい。
知っている味だ。
「ドマタのソースか!」
「おう」
俺たちには馴染みのあるソースが、
ナストロンド産のアーダポルに妙に合う。
もう一本。
今度は、
少し多めにつける。
「うん?」
何かが違う。
ソースの中に、
微妙に酸っぱいアクセントがある。
よく見ると、
細かく刻まれたものが混じっている。
「アングーリか?」
「気づいたか」
アングーリの酢漬け。
それを細かく刻んで、
ドマタのソースに混ぜてある。
噛むと、
僅かな酸味が口の中に広がる。
油のくどさを、
綺麗に洗い流してくれる。
「これ、いいな」
「だろ?」
「珍しく当たりだ」
「珍しくは余計だ」
もう一本。
気づけば、
さっきから手が止まらない。
「これ、店で出すのか?」
「どうしようかと思ってる」
「売れそうだけどな」
「問題はアーダポルがまだそんなにないんだよ」
「そうか」
持ち帰ったアーダポルの多くは、
フォルティエ少佐、
当時は少尉だったリュシエンヌが実家の商家に持ち帰り、
取引のある農家へ栽培に回したと聞いている。
何しろ、
誰も育てたことのない作物だ。
どんな土地を好むのか。
どれくらい水が必要なのか。
いつ植えて、
いつ掘り出せばいいのか。
最初は、
分からないことだらけだったらしい。
それでも、
思ったより丈夫だった。
一年目。
無事に育ったものから、
次の種芋を取った。
二年目には、
栽培する農家が少し増えた。
三年目の今年は、
さらに増えていると聞く。
まだ、
市場で普通に見かけるほどではない。
それでも、
少しずつ増えている。
タッカーも、
最初にいくつか種芋をもらい受け、
自分で育てていた。
「今年も収穫できたんだな」
「おうよ」
「どれくらい?」
「去年よりかなり多いぞ」
「へえ」
タッカーが、
一本摘まむ。
「こいつはいいぞ。多少土地が悪くても育つし、思ったより手もかからねえ」
「ふーん」
「腹にも溜まる」
「パン屋がそんなもの褒めていいのか?」
「なんでだ?」
「小麦の敵じゃね?」
タッカーの手が止まった。
「…………」
皿を見る。
「燃やすか」
「やめろよ」
「冗談だ」
本当か?
タッカーが、
アーダポルを口に放り込む。
「まあ、小麦が育ちにくいところでも作れるなら、それはそれでいいだろ」
「お前、元補給だもんな」
「元じゃねえよ」
「元だろ」
「身体から抜けねえんだよ」
「なるほど」
確かに。
俺も、
似たようなものだ。
「それに」
タッカーが、
皿のアーダポルを一本持ち上げる。
「こいつ、年に二回いける」
「今年も二回?」
「いけそうだ」
「なら、年に二回の収穫期はちょっとした楽しみだな」
「だろ?」
タッカーが、
嬉しそうに笑う。
三年前。
森の奥から、
いくつか持ち帰っただけの芋。
今では、
こいつの畑で毎年増えている。
もう一本。
ドマタのソースをつける。
アングーリの酸味が、
油っぽさを消してくれる。
「これ、酒にも合いそうだな」
「おっ」
タッカーが、
にやりと笑った。
「分かってるじゃねえか」
棚の下へ手を伸ばす。
酒杯が二つ。
続いて、
ワインボトル。
「やるか?」
「…………」
窓を見る。
外は、
もう薄暗い。
棚を見る。
残っているパンは、
さっきと変わらない。
この時間なら、
もう客もほとんど来ないだろう。
「たまにはいいか」
「決まりだな」
俺は店の外へ出た。
看板を裏返す。
店内へ戻り、
玄関戸の閂を落とした。
カタン。
タッカーが、
酒杯にワインを注ぐ。
「ほら」
「おう」
杯を受け取る。
こういう日も良い。




