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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
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静かな席

王都、王宮の一室。


窓は広く、光は柔らかい。

外の喧騒は届かない。空気だけが流れている。


低い卓に茶器が整えられている。

湯気が細く立ち、香りが静かに広がる。


メローペは席についていた。

背にもたれず、視線は卓の上に落ちている。

だが、何も見ていない。


扉が控えめに叩かれる。


「入りなさい」


短く。


扉が開く。


最初に入るのは、マルグリット・ヴァレール。

歩幅は一定、止まる位置も変わらない。


「お呼びでしょうか、殿下」


「ええ」


それだけ。


続いてオーレリア・ド・モンテス。

柔らかな所作だが、視線は冷静だ。


リュシエンヌ・フォルティエ。

空気を一度だけ読んで、座る位置を選ぶ。


エリス・ラフォレ。

音を立てない。


最後に、アデルハイト・クロイツベルク。

最も静かに入り、最も重く場に居る。


五人が揃う。


誰も急がない。

だが、無駄もない。


席に着く。


静かな場が整う。


メローペが口を開く。


「報告を」


マルグリットが一歩進む。


「ユーリイ・シーゲルについて」


声は一定。


「三件、すべて完了」


「逸脱なし。過不足もありません」


一拍。


「非常に効率的です」


メローペは頷かない。

ただ聞く。


「評価は」


短い問い。


オーレリアが答える。


「安定しています」


「与えた範囲内で最大を出すタイプです」


リュシエンヌが軽く口を挟む。


「面白みはないですけどね」


誰も咎めない。


「でも、崩れない」


一拍。


「そういうの、嫌いじゃないです」


エリスが続ける。


「人を見ています」


「対象だけではなく、周囲も」


「距離を崩さない」


言葉は少ないが、明確だった。


アデルハイトが言う。


「戦える」


それだけ。


説明は不要だった。


メローペの視線がわずかに上がる。


「……全員一致ね」


「はい」


マルグリットが答える。


迷いはない。


沈黙。


茶の香りだけが残る。


メローペは杯を取る。

一口だけ口にする。


「問題は」


言葉が続く。


「その外」


オーレリアがわずかに頷く。


「地方で動きがあります」


「小規模ですが、継続的です」


リュシエンヌが肩をすくめる。


「囲い込みですね」


「典型的です」


エリスが静かに補足する。


「対象は、騎士爵の男性」


名前は出さない。


必要がない。


メローペの指が止まる。


ほんの一瞬。


すぐに動く。


「……早いわね」


独り言のように。


マルグリットが言う。


「価値を理解する者は早い」


事実だけ。


アデルハイトが低く言う。


「排除するか」


空気が締まる。


メローペは首を振る。


「しない」


即答。


「まだその段階ではない」


一拍。


「波紋が広がる」


オーレリアが頷く。


「妥当です」


リュシエンヌが軽く笑う。


「じゃあ、見てるだけ?」


「監視よ」


メローペが言う。


「変化した瞬間に切る」


言葉は静かだが、余地はない。


エリスが問う。


「ユーリイには」


メローペは首を振る。


「まだ不要」


「任務を優先させる」


「余計な情報は与えない」


マルグリットがわずかに視線を落とす。

了承の合図。


沈黙。


しばらく続く。


リュシエンヌがふと口を開く。


「で、その効率の人」


「面白いんですか?」


場が少しだけ緩む。


メローペは少し考える。


「……普通よ」


短い答え。


リュシエンヌが笑う。


「一番つまらないやつですね」


オーレリアが言う。


「一番扱いやすいとも言えるわ」


エリスが続ける。


「そして、一番崩れにくい」


アデルハイトが言う。


「壊すのに時間がかかる」


メローペは杯を置く。


小さな音。


「壊す必要はない」


「使う」


それで終わる。


マルグリットが一礼する。


「承知しました」


そのまま、ほんの一瞬だけ視線が上がる。


メローペを見る。


長くはない。


すぐに戻る。


誰も触れない。


リュシエンヌが伸びをする。


「お茶、美味しいですね」


空気が少しだけ軽くなる。


オーレリアが淡々と返す。


「それは良かったですわ」


エリスが小さく笑う。


アデルハイトは変わらない。


メローペは窓の外を見る。


光は同じ。


何も変わっていない。


だが。


確実に何かが動いている。


「……続けるわ」


小さく言う。


誰にでもなく。


だが、全員が聞いている。


「はい」


五人が揃って答える。


静かな席は、まだ崩れない。

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