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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義 豊


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ただいま

王城へ入ってからも


メローペには、まだ帰ってきたという実感がなかった


門を潜った


見慣れた石壁


見慣れた廊下


幼い頃から何度歩いたか分からない場所


それでも


どこか遠い場所のように感じた


半年前


ここを出た時


自分が帰ってこられないなどとは考えていなかった


戦場へ向かう


任務を果たす


そして帰ってくる


それだけのはずだった


だが


帰ってきた


本当に


帰ってきた


「殿下」


後ろから声を掛けられる


振り返る


マルグリットがいた


その後ろには


オーレリア


リュシエンヌ


エリス


アデルハイト


五人


二十人いた


今は


五人


メローペは何も言わなかった


マルグリットも何も言わない


前を向く


扉が開いた


その向こうに


何人もの女たちがいた


最初に動いたのは


小さな影だった


走る


そのままメローペの胸へ飛び込んでくる


声はない


ただ


強く抱きついてくる


「アステローペ……」


メローペも腕を回した


温かい


確かにここにいる


それだけで


帰ってきたのだと


少しだけ思えた


もう一人


ゆっくりと近づいてきた


「エレクトラ姉さん」


何も言わない


そのまま


反対側から抱きついた


「……二人とも」


ぎゅっと


二人の腕に力が入る


メローペは困ったように笑った


「心配かけたね、アステローペ」


黒い髪を撫でる


「エレクトラ姉さんも」


二人とも


何も言わない


ただ


首を横に振った


何度も


「メローペ姉さん」


声がした


二人の向こう


アステローペとよく似た顔の少女が立っている


「お帰りなさい」


メローペは笑った


「ただいま、ケラエノ」


「ったく、生きているんなら早く戻りなさいよ」


別の声が飛んできた


「危うく、あなたのお葬式するところだったわ。私が主催させられるところだったんだから」


メローペはそちらを見る


腕を組み


不機嫌そうな顔をしているタイゲラ


「タイゲラ……ごめんなさいね」


「憎まれ口聞いているけど、あなたの生還の報を聞いてから今日まで、ずっとそわそわしてたのよ」


隣にいたプレイオネが言った


「プレイオネ、ただいま」


「プレイオネ! ばらすんじゃないわよ!」


「本当のことでしょう?」


「だからって言う必要ないでしょ!」


メローペは笑った


懐かしかった


このやり取りも


この声も


何も変わっていない


ここを出てから


まだ半年しか経っていない


わずか半年の出来事だった


それなのに


もう五年は経ったように感じるほど


長い時間だった


自分だけが


随分と遠いところまで行ってしまったような気がした


「……さて」


メローペは自分にしがみついた二人を見る


「いつまでこうしているつもりだ?」


アステローペが顔を上げる


じっと見つめる


「そんな顔をしても駄目だ」


離れない


「エレクトラ姉さんも」


こちらも離れない


「姉さん?」


少しだけ腕の力が強くなった


「……困ったな」


ケラエノが小さく息を吐く


「姉さんたち、メローペ姉さんが困ってるでしょう」


アステローペがケラエノを見る


エレクトラも見る


そして


二人揃って少し不満そうな顔をした


「そんな顔をするな」


メローペは笑いながら


二人の腕をそっと解いた


名残惜しそうに離れる二人


その向こう


ずっとこちらを見ていた女たちがいる


メローペの表情が変わった


幼い頃から


母と呼んできた人たち


自分を産んだ者だけではない


この家に生まれた娘たちにとって


彼女たちは皆


母だった


メローペは姿勢を正した


そして


頭を下げる


「母上たち」


一度


息を吸う


「メローペ、ただいま戻りました」


誰も


すぐには答えなかった


半年


死んだと思ったこともあっただろう


生きていると信じたこともあっただろう


その娘が


今


目の前に立っている


やがて


一人が前へ出た


デメテラ


その顔には


微かな笑みがあった


「メローペ」


「はい」


「よく無事に戻りました」


メローペは


もう一度


深く頭を下げた


「はい」


デメテラはしばらく娘を見つめていた


そして


静かに告げる


「陛下と王太子がお待ちです」


その言葉で


空気が変わった


メローペの顔から


柔らかな笑みが消える


背筋を伸ばす


ここまでは


娘として帰ってきた


妹として


姉として


家族のもとへ帰ってきた


だが


この先で待っているのは


母でも


姉でもない


アバディーン・アンガス王国第十九代国王


イオネ・アデス


そして


王太子


アトラス・アデス


メローペは


第四王女として


顔を上げた


「行って参ります」


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