カミングホーム
王都の城壁が見えた時にも、ユーリイには実感がなかった
帰ってきた
そのはずだった
駐屯部隊に守られながら街道を進み
巨大な城壁を潜り
見慣れないほど多くの人々が行き交う王都へ入った
沿道には兵士が並んでいた
その向こうには、何事かとこちらを見る市民たちの姿もある
誰かがメローペの名を叫んだ
それをきっかけに声が広がった
第四王女が帰ってきた
死んだと思われていた王女が帰ってきた
そんな声が、馬車の進む先へ先へと伝わっていく
だが、歓声に応える者はいなかった
隊列は止まらず
駐屯部隊の兵士たちは周囲を警戒したまま進み続ける
当然だった
ほんの少し前
メローペを中心にした隊列へ
味方の姿をした者たちが銃を向けた
ミトゥが死んだ
ジゼルが死んだ
四人の仲間が死んだ
ここまで来たから安全だと
そう思える者など、もう一人もいなかった
王城へ続く門を潜る
その先には多くの人間が待っていた
先頭に立つ女性を見てメローペの表情が変わった
王太子アトラス・アデス
その後ろにも、王国の重鎮と思われる者たちが並んでいる
ユーリイには、そのほとんどが誰なのか分からなかった
だが、胸元を飾る勲章
衣服
立っている位置
自分などが一生言葉を交わすこともない人間たちだということくらいは分かる
メローペが彼女たちの前へ進んだ
アトラスが一歩前へ出る
何かを話していた
ここからでは聞こえない
やがてアトラスの手が、メローペの肩に触れた
ほんの短い時間だった
すぐに離れる
そしてメローペは王城へ向かった
マルグリットたち五人も、その後へ続く
ユーリイはそれを見送った
これで終わった
そう思った
メローペ・アデス第四王女を王都まで送り届ける
それは果たされた
「第893小隊の皆さんはこちらへ」
声を掛けられた
振り返る
見知らぬ軍人と、軍人ではない女たちが立っている
少し離れた場所では、ロスリーとドロワ少尉にも別の者たちが声を掛けていた
「全員ですか?」
「はい」
女が答えた
「申し訳ありませんが、一人ずつお願いいたします」
ユーリイはタッカーを見た
タッカーもこちらを見る
ミークニーは何も言わなかった
他の仲間たちも同じだった
一人につき五人以上
案内というには多すぎる
だが、抵抗する理由もない
「分かりました」
ユーリイはそう答えた
通された部屋には机が一つ
椅子が向かい合わせに置かれていた
その向こうに二人の女が座っている
一人は年配
もう一人はまだ若い
壁際にも数人いる
ユーリイは指定された椅子に座った
年配の女が書類を確認する
「ユーリイ・シーゲル軍曹ですね?」
「はい」
「第893小隊所属」
「はい」
「今回、メローペ第四王女殿下と合流した経緯について、もう一度最初からお聞かせ願えますか?」
ユーリイは少し黙った
「これはどういうことですか?」
年配の女が顔を上げる
「ええ、ええ、分かっています。皆さんがメローペ殿下をお守りし、ここまで帰された功労者だと」
隣の若い女が続ける
「しかし、あなた方も遭遇した殿下暗殺未遂の調査をせねばなりません」
ユーリイは二人を見る
「我々がそれに関わっていると?」
「いいえ、いいえ」
年配の女がすぐに首を振った
「皆様が犯人だとは決して言いません。しかーし、形式的にも、皆様の疑いを晴らすためにも、しっかりとした調査が必要なんです」
「そういう訳ですので、調査にご協力ください」
若い女が頭を下げた
ユーリイは息を吐いた
確かに必要なのだろう
自分たちが逆の立場なら
王女が暗殺されかけたというのに、その場にいた者を調べもせず解放する方がおかしい
「分かりました」
ユーリイは椅子へ座り直した
「何から話せばいいですか?」
「では、メローペ殿下と最初に遭遇した時からお願いします」
長かった
何度も同じことを聞かれた
いつ
どこで
誰がいたか
メローペたちと合流した時の状況
樹海へ入った経緯
森を抜けた後のこと
そして最後に遭遇した部隊
誰が最初に気付いたのか
誰が撃ったのか
何人いたのか
何を見たのか
何を聞いたのか
答えられるものには答えた
分からないものには分からないと答えた
やがて尋問は終わった
だが
解放はされなかった
「まるで、囚人だ」
誰もいない部屋で呟いた
牢屋ではない
むしろ、これまで軍で使ってきた宿舎より遥かに上等だった
一人で使うには十分な広さがあり、柔らかなベッドがある
小さな机と椅子
個別の便所
風呂こそないが、簡単に身体を洗えるシャワールームまで付いていた
食事も良かった
普段、駐屯地の食堂で食べていた糧食とは比べものにならない
肉もある
野菜もある
温かいスープまで出てくる
だが、扉には鍵が掛かっている
外には二人の監視
自由に出ることはできない
タッカーがどこにいるのかも知らない
ミークニーも
他の仲間たちも
ロスリーも
ドロワ少尉も
誰にも会えなかった
ユーリイはベッドへ腰を下ろした
静かだった
あまりにも静かだった
ナストロンドを出てから初めて身体をきれいに洗った
汗も
泥も
血も
全部流れた
それでも
帰ってきたという実感だけがなかった
ベッドに横になる
天井を見る
これまでのことを考えた
十四歳
不能の烙印を押された
軍へ送られた
ネメシスに出会った
戦場へ出た
仲間が死んだ
また戦場へ行った
また誰かが死んだ
そして
あの日
メローペたちを拾った
森へ入った
雨
樹木
血
汗
ナストロンド
エンロ
クエス
そこで知ったこと
そこで治されたもの
そして、また歩いた
ミトゥ
ジゼル
最後まで一緒に帰ることができなかった者たち
目を閉じた
考えようとした
だが
いつの間にか意識はなくなっていた
久しぶりに
泥のように眠った
コンコン
音がした
目を開ける
「はい」
三日目だった
「どうぞ」
扉が開いた
「失礼します」
入ってきた女には見覚えがあった
尋問を担当した若い女だった
今日は書類を抱えていない
「ユーリイ・シーゲル軍曹、お待たせして申し訳ありません」
ユーリイはベッドから立ち上がった
「いえ、結構快適でしたよ。少し暇しましたけど」
女がわずかに頭を下げる
「そのことも併せて、ご不便をおかけし申し訳ありません」
そして
「後で詳しくご説明いたしますが、シーゲル軍曹、および第893小隊の皆様について、今回の件への関与を示すものはないと確認されました」
「それは吉報だ」
ユーリイは少し笑った
「じゃあ、俺たちはこのまま帰れるのかい?」
「いえ」
女は答えた
「この後、皆様には陛下との謁見に臨んでいただきます」
「え?」
ユーリイは瞬きをした
「陛下? なんで?」
女は一瞬だけ言葉を止めた
「皆様は、メローペ王女殿下の生還に貢献した立役者です」
そして続ける
「いわば、国の英雄です。その英雄たちを陛下は直接労いたいと仰せになられたと聞いております」
英雄
ユーリイにはどうにも似合わない言葉だった
女が後ろを向く
扉の外から別の者が衣服を運び込んできた
「陛下への謁見に臨むにあたり、お召し物をご用意いたしました。こちらへお着替えください」
ユーリイはそれを見る
自分が普段着る軍服より、明らかに上等だった
「分かりました」
受け取ろうとして
手を止めた
「一つ聞いても?」
「何でしょうか?」
「殿下や俺たちを襲ったやつらの正体は分かったのか?」
若い女は表情を変えなかった
ほんの少しの間を置いて
「申し訳ありません。その件については、私は何も聞かされておりません」
「そうか」
ユーリイはそれ以上聞かなかった
知っているのかもしれない
本当に知らないのかもしれない
どちらでも同じだ
この女が自分に話すことではないのだろう
「じゃあ、もう一つだけ」
「どうぞ」
「最後に殿下を守って死んだ六名は、ちゃんと葬ってもらえたのか?」
女の表情が僅かに変わった
「はい」
今度はすぐに答えた
「彼女たちは皆様同様、王女殿下の帰還に貢献した英雄です。そのご遺体は丁重に扱われ、弔われたと聞いております」
ユーリイは頷いた
「わかった」
衣服を受け取る
「ありがとう」
女は一歩下がった
そして
深く頭を下げた
「長らくの作戦任務遂行、お疲れさまでした」
ユーリイは何も言わなかった
ただ
その言葉を聞いて
ようやく
終わったのだと思った




