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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義 豊


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巡回兵

「そんでさ、うちのハースが言うわけ」


十人の兵士が


街道を歩いていた


肩にはマスケット銃


王国軍の巡回兵達だった


「『やっぱり婿はイケメンじゃなくてもいいけど、不細工じゃないのがいい』ってね」


「乙女か」


「ゲラゲラ」


笑い声が上がる


「だよね。私が言うことじゃないけど、男選べる身分かっての」


「ヒキガエルでも男がいたらありがたく思わなくちゃね」


「違いない」


「ちょっと!」


一人の兵士が


突然声を上げた


「何?」


「前」


先ほどまで笑っていた女が


前方を指差す


街道の先


こちらへ向かってくる


人影があった


一人ではない


十人


いや


もっといる


「全員止まれ」


先頭を歩いていた兵士の声が変わった


笑い声が消える


十人が足を止める


前方の集団も


こちらに気付いた


距離は


五十メートルほど


「……兵士?」


「王国軍?」


「そうみたいだけど……」


奇妙な一団だった


薄汚れている


軍服のあちこちが傷み


血に汚れている者もいる


だが


全員が


王国陸軍の軍服を身につけている


そして


巡回兵達が最初に目を奪われたのは


その中の一人だった


「……男?」


軍服を着た


男


それだけで


異様だった


軍に


男はほとんどいない


軍服を着た男が


一人いる


それだけでも


滅多に見ることのない光景だった


だが


「……一人じゃない」


もう一人


その隣にもいる


さらに


その後ろにも


「何人いるの?」


「待って……」


一人が


目で数える


「十一……?」


「十一人?」


十一人


全員が男


そして


全員が


王国陸軍の軍服を着ている


「何、あれ……」


「男の部隊?」


「そんなのあった?」


誰もすぐには答えなかった


だが


何人かの表情が変わる


「あ……」


「何?」


「聞いたことある」


一人が


思い出したように言った


「男ばかり集めた部隊があるって」


「……あ」


別の兵士も


気付いた


「不能部隊?」


「そう、それ」


「生殖不能になった男を、軍に集めてるっていう……」


「じゃあ、あれが?」


「多分……」


そう考えれば


十一人もの男が


揃って軍服を着ていることには


説明がつく


噂でしか聞いたことのない


男を主体とした部隊


その兵士達なのだろう


だが


「……ちょっと待って」


「今度は何?」


「じゃあ、あの女達は?」


十一人の男達のそばに


八人の女がいる


一人は


兵卒らしい


だが


残りの女達は


明らかに違った


肩章


飾緒


帯革


身につけている装備


軍にいる者なら


見間違えるはずがない


士官だ


一人


二人


三人


「……七人?」


「士官が?」


「何で?」


巡回兵達が


顔を見合わせる


「不能部隊なんでしょ?」


「多分」


「だったら、何で士官が七人も一緒にいるの?」


誰も答えられなかった


十一人の


不能部隊らしき男達


その中に


七人もの女性士官


どういう編成なのか


まるで分からない


そして


一人の巡回兵が


さらに目を細めた


「……おい」


「何?」


「あの人」


一団の後方


一人の女を指差す


「肩……見て」


距離はまだある


正確な階級までは


分からない


だが


その軍装は


他の士官達とも違う


「……佐官?」


「え?」


「嘘」


「いや……あれ、佐官だよ」


男の兵士が十一人


女性士官が七人


その中には


佐官までいる


そんな正体の分からない一団が


不帰の樹海の方角から


こちらへ向かって歩いてくる


しかも


全員が


泥と血に汚れていた


巡回兵達の顔から


完全に笑みが消えた


「……止まれ!」


巡回隊長が


声を上げた


十九人が


足を止める


巡回兵達にも


緊張が走る


何者なのか


分からない


王国軍の軍服を着ている


だが


あまりにも異様な集団だった


一人の兵士が


肩に掛けていたマスケット銃を外そうとする


その瞬間


十九人の空気が変わった


男達が


一斉に武器へ手を掛ける


女達も同時だった


迷いはない


一瞬だった


「待て!」


巡回隊長が叫ぶ


「銃を構えるな!」


「でも!」


「いいから構えるな!」


巡回隊長にも


何が起きたのか分からない


こちらは


銃に手を掛けただけだ


まだ


銃口すら向けていない


それなのに


向こうは


即座に戦う構えを取った


驚いたのではない


迷ったのでもない


銃に手を掛ければ


次に何が起こるのか


知っている者達の動きだった


「全員、武器から手を離せ!」


向こうから


鋭い声が飛んだ


「は?」


「武器から手を離せ!」


巡回兵達が


顔を見合わせる


巡回隊長が


前方を見る


士官の一人が


こちらへ出ている


「全員だ!」


明確な命令だった


巡回隊長は


もう一度


十九人を見る


距離は


三十メートルほど


先ほど


佐官だと思った女の階級章も


今なら見える


「……大佐」


見間違いではない


大佐だった


巡回隊長が


ゆっくりと両手を上げた


「全員、武器から手を離せ」


「隊長?」


「命令だ!」


一人


また一人


マスケット銃から手を離す


十人全員が


両手を上げた


「こちらに敵意はありません!」


巡回隊長が叫ぶ


十九人から


すぐには返事がない


「我々は王国軍です!」


「それは見れば分かる」


先ほどの士官が答えた


クレールが


一歩前へ出る


「所属と部隊名を言え」


「は?」


「所属と部隊名だ」


「あ、はい!」


巡回隊長は


反射的に姿勢を正した


所属と部隊名を告げる


クレールが


リュシエンヌを見る


リュシエンヌも


僅かに頷いた


だが


まだ


誰も武器から手を離していない


「駐屯地はどこだ?」


「この先、およそ三キロの地点であります!」


「三キロ……」


クレールが


僅かに眉を寄せる


そして


巡回兵達を見る


「……もう手を下ろしていい」


「あ、はい」


十人が


恐る恐る手を下ろす


ただし


誰も


マスケット銃には触れなかった


「一つ確認したい」


クレールが


森の方角を指す


「ここから森へ向かって一キロほどの地点に、王国の旗を立てた天幕が複数設営されている」


巡回隊長を見る


「あれは君達の部隊のものか?」


「え?」


巡回隊長が


仲間を見る


何人かも


首を傾げている


「いえ……」


「違うのか?」


「はい。我々の部隊の駐屯地は、この先およそ三キロの地点に設営されております」


「では、別の部隊か?」


「いえ」


巡回隊長が


首を振る


「少なくとも、我々以外にこちらへ派遣されたという話は聞いておりません」


沈黙が落ちた


クレールの表情が


僅かに険しくなる


ユーリイも


タッカーも


何も言わなかった


「……そうか」


クレールが


小さく息を吐く


「分かった。君達の部隊に案内してくれ」


「イエッサー!」


巡回隊長は


そこで初めて


少しだけ肩の力を抜いた


「では、こちらです」


先頭に立とうとして


ふと


十九人の後方へ


もう一度目を向ける


先ほど


大佐だと分かった女


距離が縮まった今なら


顔も見える


「……ん?」


巡回隊長が


足を止めた


「どうしました?」


「いや……」


もう一度見る


どこかで


見たことがある


大佐


若い女


そして


その顔


巡回隊長の表情が


固まった


「……え?」


隣の兵士が


その視線を追う


「何?」


「あの大佐……」


「大佐?」


兵士も


メローペを見る


そして


黙った


「……嘘」


「だよな?」


「いや……でも……」


他の兵士達も


次々と視線を向ける


何人かが


同じことに気付き始める


「ちょっと待って……」


「まさか……」


巡回隊長が


恐る恐る声を出した


「第四王女殿下……?」


メローペが


巡回隊長を見る


「はい」


一瞬


誰も動かなかった


次の瞬間


十人が


一斉に姿勢を正した


「殿下!」


「し、失礼いたしました!」


つい先ほどまで


婿がどうだ


ヒキガエルがどうだと


笑っていた兵士達だった


メローペは


少し驚いたように彼女達を見て


「構いません」


そう答えた


巡回隊長は


直立したまま


十九人を見る


行方不明となっていた


第四王女


その王女が


不帰の樹海の方角から


歩いてきた


噂でしか知らなかった


不能部隊の男達と共に


何人もの士官を連れて


全員


泥と血に汚れている


聞きたいことは


いくらでもあった


何があったのか


なぜ


不帰の樹海から出てきたのか


だが


今


自分がすべきことは


一つしかなかった


「直ちに駐屯地までご案内いたします!」


「お願いします」


「イエッサー!」


巡回隊長が


部下達を振り返る


「帰投する!」


「イエッサー!」


十人の巡回兵達が


来た道を引き返し始める


その後ろを


十九人が歩き出した


先ほどまで


街道に響いていた


くだらない笑い声は


もう聞こえなかった


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