忠義の盾
今は昔
王国の端に、小さな村があった
広い畑と牧草地
その周りに家々が点々と並ぶ
どこにでもある農村だった
その村に、一人の少女が生まれた
少女には七人の母親と一人の父親
十三人の姉と、一人の妹がいた
決して裕福ではなかったが
それもまた、この国では珍しくない農家の姿だった
少女もまた、自分が特別な人生を歩むとは思っていなかった
家族と共に種を蒔き
草を刈り
家畜に餌をやる
やがて姉妹と共に一人の婿を迎え
子を産み
その子供達を育てる
母達がそうであったように
姉達がそうするように
自分も同じ人生を歩むのだと思っていた
そして、それがこの国に生まれた大多数の者の人生でもあった
少女の人生が大きく変わったのは
八歳の時だった
当時、王国は隣国と戦争をしていた
戦地へ向かう一つの騎士団が、少女の住む村の近くに駐屯した
その日
少女は二つ年上の二人の姉と共に、薪を拾うため森へ入っていた
そこで少女は
初めて騎士というものを見た
すらりと伸びた長躯
少女のつま先から胸ほどまである長剣を軽々と振るい
部下達へ剣術を教える騎士
少女は薪を拾うことも忘れ
ただ、その姿を見つめていた
美しいと思った
自分も、あのようになりたいと思った
だが
少女は農民の娘だった
騎士になるどころか
一般の兵士になることすら難しい
それくらいは、八歳の少女にも分かっていた
それでも
翌日も少女は騎士団を見に行った
その翌日も
さらに、その翌日も
毎日毎日
飽きることなく、騎士達の稽古を眺め続けた
やがて
毎日やって来る少女に気付いた騎士団長が声を掛けた
「剣が好きなのか?」
少女は大きく頷いた
騎士団長は笑い
一本の木剣を少女へ渡した
ほんの気まぐれだったのかもしれない
立ち方
剣の握り方
振り方
それだけの簡単な手ほどきだった
数日後
騎士団は戦地へ向かった
少女の手元には
一本の木剣と
教えられたわずかな剣術だけが残った
それでも少女には十分だった
畑仕事を終えれば木剣を握った
雨の日も
風の日も
母達に叱られながら
三年間
少女は教えられたことを繰り返した
十一歳になったある日
少女の村に、王家の一行が訪れた
地方を巡っていた王太子と
その妹である第八王女だった
第八王女は少女より一つ年下
十歳だった
少女にとって王族など
騎士以上に遠い存在だった
言葉を交わすことなど
一生ないはずの相手だった
その日までは
王家の一行を狙った者達がいた
その刃が狙ったのは
幼い第八王女だった
少女が何を考えたのか
後の世には伝わっていない
ただ一つ伝わっているのは
少女が王女と暗殺者の間へ飛び込んだこと
そして
三年間振り続けた木剣で
王女を守ったということだった
事件の後
王太子は少女を呼んだ
望む褒美を与えると言った
少女が望んだものは
金でも
土地でもなかった
「騎士になりたい」
それが少女の望みだった
農民の娘が騎士になる
簡単なことではなかった
それでも王太子は、その願いを笑わなかった
少女が十二歳になった年
王立学校の入学試験を受ける権利が与えられた
さらに受験の日まで
剣術を学び
読み書きを学び
王立学校へ入るための勉強ができる環境が与えられた
少女は学んだ
剣を振る以上に
必死に学んだ
そして
王立学校への入学を許された
そこで少女は
第八王女と再会した
かつて守った幼い王女
今度は同じ学校で学ぶことになった
王女は
決して目立つ少女ではなかった
優秀な王太子
そして優れた姉達
常に彼女達と比較され
自分など、と一歩後ろへ下がってしまう
そんな少女だった
だが
共に学び
共に過ごすうちに
少女には分かっていった
第八王女は弱いのではない
人の痛みを知っている
人の話を聞くことができる
自分よりも、まず他人のことを考える
そして
誰よりも国と民を愛していた
少女は思った
この方こそ
自分が剣を捧げるべき人なのだと
少女は第八王女に
生涯の忠誠を誓った
それから二人は
いつまでも共に歩むはずだった
少女が十四歳
第八王女が十三歳になる年
王都で反乱が起きた
野心を持つ侯爵に唆された第三王女が兵を挙げた
女王が殺された
王太子が殺された
第二王女
第四王女
第五王女
王位を脅かす者達が、次々と殺されていった
そして
第八王女にも刃が迫った
少女は王女の手を取り
王都を逃れた
二人には何もなかった
軍も
領地も
金もなかった
追手から逃れ
山を越え
川を渡り
時には農家の納屋で眠り
時には食べるものすらない日を過ごした
それでも少女は
王女の傍らを離れなかった
やがて
二人の周りに人が集まり始めた
かつて王家に仕えた者
第三王女のやり方に疑問を抱く者
故郷を奪われた者
家族を殺された者
そして
第八王女を
自分達の王と信じる者
少女が十六歳
第八王女が十五歳となった年
第八王女は立ち上がった
既に女王を名乗っていた姉
第三王女に対し
反旗を翻した
長い戦いが始まった
少女は常に王女の傍らにいた
最初に剣を抜き
最後に剣を収めた
何度傷を負っても
何度倒れても
王女の前に立った
そして
ある戦いの日
敵の刃が
第八王女へ向けられた
少女は
八歳のあの日と同じように
その間へ飛び込んだ
今度は
木剣ではなかった
少女は既に
一人の立派な騎士だった
だが
その刃から
王女を守ることはできても
自らを守ることはできなかった
少女は
第八王女を庇い
その命を落とした
第八王女は
それでも戦い続けた
少女が守った命を
決して無駄にはしなかった
やがて宿敵である第三王女を討ち
反乱を唆した侯爵を討ち
王都を取り戻した
そして
女王となった
即位した女王は
自らを守り続けた一人の騎士を忘れなかった
八歳の頃から剣を振り
十一歳で自分の命を救い
共に学び
共に逃げ
最後には
自らの命と引き換えに
再び自分を守った少女
後の世
人々は彼女を
一つの名で呼んだ
『忠義の盾』
これは
一人の騎士と
一人の女王の
遠い昔の物語である




