さようなら
帰らずの樹海を
二十五人が歩いていた
ナストロンドを離れてから
まだそれほど時間は経っていない
先頭を行く者が
エンロから教えられた方角を確認する
その後ろを
重い荷物を背負った者達が続く
食料
水
武器
持ち帰るための種
そして
ナストロンドで学んだ知識を書き留めた
大量の資料
ここへ来た時より
明らかに荷物は増えている
それでも
足取りは重くなかった
木の根を越え
枝を払い
草を掻き分ける
二十五人は
ただ真っ直ぐに進んでいた
ユーリイも
黙って歩いている
背負った荷物を直し
再び前を見る
その時
ふと
ナストロンドを出る前のことを思い出した
情報センター
ユーリイは
いつもの情報端末の前に座っていた
何度
ここへ来ただろう
最初は
ただ知りたいことがあった
一つ知れば
また一つ
知りたいことが増えた
農業
地理
料理
格闘
かつての世界
そして
自分達が知らなかった
遥か昔の人々のこと
ここで
本当に多くのことを知った
「クエス」
『はい』
「今まで、たくさんのことを教えてくれてありがとう」
『いえ、それが私の仕事ですから』
「それでも」
ユーリイは
情報端末を見る
「俺や仲間達に、たくさんのことを教えてくれた」
「感謝している」
『そのようなことを言われたのは初めてです』
「そうなのか?」
『はい』
『どういたしまして、と言うところでしょうか?』
ユーリイは
少し笑った
「君は……時々、本当の人間みたいだな」
『私はクエス、ヒトではない量子コンピューターベースの情報端末です』
「ああ、そうだったな」
ユーリイは立ち上がる
「でも、本当に世話になった」
「元気でな」
『ええ、あなたも』
ユーリイは
情報センターを出た
『さようなら、ミレフの子よ』
情報センターを出たユーリイが見たものは
困り果てたタッカーの姿だった
「帰っちゃだめ!」
「ずっといて!」
「前にも言っただろ、俺達は帰るぞ」
「いや!」
「帰らないで!」
子供達が
タッカーの服を掴んで離さない
「お前らなあ」
「いつまでもいてって言ったのに!」
「俺は、いつか帰るって言っただろ」
「いやいや!」
「ずっといて!」
「ちょ、ちょっと待て」
一人の手を外せば
反対側から別の子供が服を掴む
そちらを何とかしようとすれば
また別の子供が腕にしがみつく
普段なら
大抵のことには動じないタッカーが
本気で困っている
ユーリイは
その光景に笑った
「人気者だな」
「笑ってないで助けろ」
「自分で何とかしろ」
「薄情者!」
「……やっぱり行くのか?」
「ああ」
「ここに残ればいい」
「ここなら安全だ」
「食うものもある」
「寝る場所もある」
「お前達を追う者もいない」
「分かっている」
「だったら……」
「仲間達が戦っている」
「……」
「仲間達が戦っている中、俺達だけで安住の地でぬくぬく生きていく訳にはいかない」
「そうか」
「ああ」
「一度ここを出たら、二度と戻れないぞ」
「分かっている」
「生き急ぐなよ」
「ああ、しぶとく生き残るよ」
男は
情報端末へ目を向けた
「クエス、お前も達者でな」
『私はクエス、量子コンピューターベースの情報端末です』
『故障せず、電気が流れ続ける限り動き続けます』
「ああ、そうだったな」
男は笑った
「それでも元気でな」
一人
また一人と
男達が歩いていく
残された男は
その姿が見えなくなるまで見送っていた
「クエス」
『はい』
「今後、彼らのことは知らないふりを続けてくれ」
『イエス、マスター』
カリカリ……
カリカリ……
紙の上を
ペンが走る
――この施設を出た彼らが
今後どうなるかは分からない
しかし
願わくば
彼らの未来の幸せを願わずにはいられない
カリカリ……
――この思いを
我が友
エイゴ・ミレフへ捧ぐ
マルヴォ・フロキッサ
これで、ナストロンド編は終了です。
今日まで、ほぼ毎日更新を続けてきましたが、ここで一度お休みを頂きたいと思います。
次回の更新は、9月1日から再開する予定です。
少し間が空きますが、今後も『遺伝子の小さな箱庭』をどうぞよろしくお願いいたします。




