人類の罪
部屋は静まり返っていた
誰も言葉を発しない
新人類
その一言だけが、全員の頭の中で何度も繰り返されていた
最初に口を開いたのはタッカーだった
「待ってくれ。」
「じゃあ、俺たちは……。」
「人間じゃないってことか。」
エンロは静かに首を横へ振る
「いや。」
「俺はそうは思わない。」
「君たちは間違いなく人間だ。」
「笑い、泣き、怒り、悲しみ、家族を思い、仲間のために命を懸ける。」
「そんな存在を、人間以外の何だと言うんだ。」
タッカーは何も答えなかった
その隣で、ユーリイも自分の掌を見つめている
昨日までと何も変わらない手
何度も剣を握り、パンを捏ね、仲間の肩を掴んだ手だった
エンロは一呼吸置く
「ただ。」
「二千年前の旧人類、その中でも一部の支配者層は違った。」
「彼らは君たちを人間とは認めなかった。」
ジゼルが静かに尋ねる
「では……何だと。」
エンロは少しだけ間を置いた
「奴隷だ。」
部屋が再び静まり返る
だが、エンロはすぐに首を横へ振った
「いや。」
「彼らの認識では、それすら少し違うかもしれない。」
「もっと率直に言えば、家畜だ。」
マルグリットの眉が僅かに動く
「家畜……。」
「そう。」
「彼らの感覚では、人間を家畜へ落とした訳じゃない。」
「元々いた家畜を、もっと便利に改良しただけだった。」
「牛や豚を品種改良するように。」
「人の言葉を理解し。」
「人の命令に従い。」
「必要な仕事をこなし。」
「必要なら繁殖させる。」
「より丈夫で、より扱いやすい家畜。」
「それが、一部の支配者層が新人類へ求めたものだった。」
ジゼルは唇を結んだまま俯く
エンロは続ける
「法律の上でも、人として扱われることはほとんど無かった。」
「人格。」
「財産。」
「政治へ参加する権利。」
「仕事を選ぶ権利。」
「どこで生きるかを決める権利。」
「そうしたものは与えられなかった。」
「人の言葉を理解し、人より丈夫で、命令に従う。」
「ただ、それだけでよかった。」
ミークニーが小さく呟く
「だから……牛や豚。」
「そう」
エンロは頷く
「牛は力が強い。」
「豚は環境への適応力が高い。」
「山羊は粗食にも耐える。」
「それに、どれも長い年月を掛け、人と共に生きるよう改良されてきた生き物だ。」
「繁殖の方法も確立されている。」
「性格も比較的穏やか。」
「人へ従うことにも慣れている。」
「新人類を作る側からすれば、都合の良い素材だったんだろうね。」
ユーリイは顔をしかめる
「素材……。」
「嫌な言葉だね。」
エンロは苦笑した
「でも、当時の記録を見る限り、そういう認識だったと思う。」
「もちろん、新人類は家畜そのものではない。」
「人間を基にしている。」
「外見も、ほとんど人間と変わらない。」
「ただ、人より強く。」
「病気にも強く。」
「環境の変化にも耐え。」
「そして、人に従順であることを求められた。」
そこで言葉を止める
「だけど。」
「開発した側にも一つ、大きな不安があった。」
ユーリイが顔を上げた
「不安?」
「新人類は、旧人類より身体的に優れていた。」
「力も強い。」
「頑丈だ。」
「長時間の労働にも耐えられる。」
「それこそが作った目的なんだけどね。」
エンロは少しだけ皮肉そうに笑う
「でも、作った後になって怖くなった。」
「もし。」
「彼らが命令を聞かなくなったら。」
「もし、自分たちへ抵抗したら。」
「支配する側にとって、それは恐ろしい話だった。」
クレールが静かに口を開く
「兵として考えれば当然でしょう。」
全員の視線が集まる
「自分より力が強く、頑丈な者が集団で反抗する。」
「数で優位でも、鎮圧には相応の被害が出る。」
「そうだね。」
エンロは頷いた
「だから、彼らはいくつもの保険を用意した。」
「まず、遺伝子。」
「新人類には、旧人類に対して強い攻撃性を示さず、比較的従順になるような調整が加えられた。」
「もちろん、それだけで人格そのものを決められる訳じゃない。」
「同じ親から生まれた子供でも性格が違うようにね。」
「それでも、一定の傾向を持たせることは出来たらしい。」
「そしてもう一つ。」
エンロは僅かに目を伏せる
「物理的な拘束だ。」
「首輪。」
「拘束具。」
「命令に反した時や、暴れた時。」
「緊急時に身体の自由を奪うための装置まで用意されていた。」
マルグリットが息を呑む
「そんな……。」
「そこまでして使いたかったのですか。」
「それだけの利益があったんだろうね。」
エンロは淡々と答える
「安定して供給できる。」
「言葉が通じる。」
「人間と同じ道具を使える。」
「人間が働きたがらない場所でも働く。」
「病気にも強い。」
「しかも、人間として扱わなくていい。」
「支配する側からすれば、これほど便利な存在はなかった。」
メローペは何も言わない
ただ、膝の上で重ねた指先に僅かに力が入っていた
「でもね。」
エンロは続ける
「そんな扱いを、全ての旧人類が当然だと思っていた訳じゃない。」
「新人類が作られ始めた頃から、反対する者はいた。」
「これは人ではないか。」
「人の姿をして。」
「人の言葉を話して。」
「意思を持っている者へ、こんな扱いをしていいのか。」
「そう声を上げる人権団体や運動家も、比較的早い時期から現れていた。」
「ただ。」
「その声は小さかった。」
「新人類を利用することで得られる利益が、あまりにも大きかったから。」
オーレリアが静かに尋ねる
「誰も聞かなかったのですか。」
「聞いたよ。」
「だからこそ、変わった部分もある。」
「首輪。」
「過剰な精神支配。」
「身体へ苦痛を与える拘束。」
「そういう、あまりに残虐なものは比較的早く問題になった。」
「法律で禁止する国も増えた。」
「扱いを改善しようという動きも広がった。」
オーレリアが少しだけ表情を緩める
しかしエンロは首を横へ振った
「でも。」
「新人類が自由になった訳じゃない。」
その表情が再び硬くなる
「鎖が見えなくなっただけだ。」
「人格は認めない。」
「仕事は選べない。」
「住む場所も選べない。」
「作られた目的に従って働く。」
「必要なら繁殖させる。」
「表面上の残虐さは消えても、その根っこは残った。」
「奴隷と呼ばなくなっただけ。」
「家畜と呼ばなくなっただけ。」
「労働力という、少し綺麗な言葉へ置き換えただけだ。」
誰も口を開かない
しばらくして、エンロはゆっくり息を吐いた
「そんな時代が二十年。」
「三十年。」
「続いた。」
「新人類は最初から大勢いた訳じゃない。」
「でも、少しずつ数が増えた。」
「工場で。」
「農場で。」
「鉱山で。」
「病院で。」
「家庭の中で。」
「旧人類と新人類が、当たり前のように顔を合わせるようになった。」
「するとね。」
エンロは少しだけ笑う
「おかしなことが起きた。」
「おかしなこと?」
タッカーが聞き返す
「人は、目の前にいる相手をいつまでも道具としてだけ見ることが出来なかった。」
「新人類は笑う。」
「泣く。」
「怒る。」
「冗談を言う。」
「恋をする。」
「子供を作る。」
「その子を可愛がる。」
「親を心配する。」
「友人のために危険な場所へ飛び込む者もいる。」
「誰かが死ねば泣く。」
「嬉しいことがあれば笑う。」
「それを何年も。」
「何十年も。」
「毎日のように見ている。」
エンロは全員を見渡した
「そうすると。」
「本当に、これは家畜なのか。」
「俺たちと何が違うんだ。」
「そう考える者が増えていった。」
ミークニーが小さく頷く
「当然だと思う。」
「今の君たちなら、そう思うだろうね。」
エンロは穏やかに笑った
「でも、その当時はそれが当然じゃなかった。」
「財産だと言われて育った。」
「家畜だと教えられて育った。」
「そういう者が、自分で見たものを信じて考えを変える。」
「それには、それなりの時間が必要だったんだろう。」
ジゼルが顔を上げる
「そして、人として認めるべきだという声が大きくなった。」
「そう。」
「最初は小さかった声が、二十年、三十年と経つうちに一気に広がっていった。」
「新人類へ同じ権利を与えるべきだ。」
「奴隷的な扱いをやめるべきだ。」
「共に暮らせる社会を作るべきだ。」
「世界の各地で、そう主張する者たちが繋がり始めた。」
「そして、様々なグループが生まれた。」
少し間を置く
「でも。」
「当然、それも一枚岩じゃない。」
「話し合いで社会を変えようとする者。」
「法律を変えようとする者。」
「政治の中へ入って変えようとする者。」
「反対に。」
「もう言葉では何も変わらないと考える者もいた。」
部屋の空気が僅かに変わる
「新人類を力ずくで解放しようとする者。」
「施設を襲う者。」
「支配者層へ報復しようとする者。」
「そうした過激な者達も現れた。」
クレールの目が細くなる
「戦争になったのですね。」
「最終的にはね。」
エンロは静かに答えた
「でも、その話はもう少し後だ。」
「同権を求める側にも、戦うことを望まない者は大勢いた。」
「旧人類を滅ぼしたい訳じゃない。」
「新人類を支配者にしたい訳でもない。」
「ただ。」
「同じ人として暮らしたい。」
「それだけを望んだ者達もいた。」
「俺や。」
エンロは一度言葉を止めた
「この村に暮らす者達の祖先も、そういう人達だった。」
メローペが静かに尋ねる
「では、ナストロンドは。」
「その人達が作ったのですか。」
「そうだよ。」
「正確には、そうした穏健なグループの一つ。」
「彼らはやがて、ある結論へ辿り着いた。」
「支配する側とも争いたくない。」
「過激化した同権派とも戦いたくない。」
「もう。」
「その争いそのものから離れよう、と。」
エンロは窓の外へ目を向けた
その先には、深い森が広がっている
「世界から離れ。」
「政治から離れ。」
「争いから離れ。」
「自分達で食べ物を作り。」
「自分達で必要な物を作り。」
「誰にも支配されず。」
「誰も支配せず。」
「ただ静かに暮らす。」
「そのための場所として作られた共同体の一つが。」
「このナストロンドだ。」
誰も言葉を発しない
今まで見てきた村の風景が、別の意味を持ち始めていた
農園
工房
医療施設
学校
そして、樹海に囲まれた小さな村
全てが二千年前の選択から続いていた
「一つ、と言いましたね。」
ジゼルが尋ねる
「ということは、他にも。」
「分からない。」
エンロはあっさり答えた
「似たような思想を持つ人達は世界各地にいた。」
「だから、同じような場所を作った者達がいてもおかしくない。」
「今も残っているかもしれない。」
「旧人類だけで国を作り、生き延びた場所だってあるかもしれない。」
「反対に、新人類が中心になった国もあるかもしれない。」
「旧人類と新人類が共に暮らす社会が残った場所もあるかもしれない。」
「でも。」
「二千年だ。」
エンロは苦笑する
「俺たちにも分からないことの方が多い。」
「この村は世界の全てを知っている訳じゃない。」
「俺たちが知っているのは。」
「俺たちの祖先が、ここへ来た。」
「それだけだ。」
しばらく沈黙が続いた
やがてエンロは静かに口を開く
「彼らは新人類を憎まなかった。」
「新人類を作った技術そのものを憎んだ訳でもない。」
「技術は、ただの技術だからね。」
「彼らが許せなかったのは。」
「人を設計し。」
「意思を持つ存在を作り。」
「それを人ではないと言い。」
「都合の良い道具として使おうとした。」
「旧人類という文明の在り方、そのものだった。」
エンロは一度目を閉じる
そして、ゆっくり開いた
「神に等しいほどの技術を持ちながら。」
「その技術で、自分達に都合の良い命を作った。」
「そして、その命を家畜と呼んだ。」
誰も動かなかった
エンロは静かに続ける
「これこそが。」
「俺たちの祖先が背負った。」
「人類の罪なんだ。」




