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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義 豊


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進化の果て

エンロの家へ着くと、既に人数分の椅子が用意されていた。


「どうぞ。」


そう言ってエンロは全員を迎え入れる。


部屋へ入ると、それぞれ静かに席へ着いた。


中央にはメローペ。


その左右へマルグリットとオーレリア。


少し離れてジゼルとクレール。


入口近くにはリュシエンヌ。


向かいにはユーリイ、ミークニー、タッカーが腰を下ろす。


誰も口を開かない。


先ほどまで宿舎で交わしていた会話が嘘のように、部屋には静かな緊張だけが流れていた。


エンロは一人一人の顔をゆっくり見回し、小さく頷く。


「全員を連れては来なかったようだね。」


ユーリイも頷いた。


「ああ。」


「俺たちなりに考えた。」


「そうか。」


エンロは穏やかに笑う。


「まぁ、今から話すことは、君たち全ての者が理解できる話ではない。」


「中途半端に聞けば、余計に混乱する者も出るだろう。」


「だから人数を決めるのは君たちに任せた。」


再び全員を見回す。


「今ここにいる面々は、これまで話してきた中で、ある程度の教養と理解力を持っている。」


「それだけじゃない。」


「自分の常識を覆されるような話を聞いても、一度受け止め、自分の頭で考えようとする心の強さがある。」


「俺はそう思っている。」


「だから、この話を聞くには最適な人選だ。」


誰も否定しない。


ただ静かに次の言葉を待っていた。


エンロは一つ息を吐く。


「今から話すことは、本当に大昔。」


「記録では、およそ二千年前の出来事だ。」


「もちろん、その時代を知る者はもう誰一人生き残っていない。」


「俺も、その一人じゃない。」


「だから、これから話す内容は、この施設に残された記録と、代々受け継がれてきた僅かな言い伝えを合わせたものになる。」


「事実として確認できるもの。」


「推測するしかないもの。」


「その両方が含まれていることだけは理解してほしい。」


全員が静かに頷く。


「この施設がどういう経緯で建てられたのか。」


「マルヴォ・フロキッサ達がどんな思想でここを築いたのか。」


「その話まで始めると、それだけで何日も掛かってしまう。」


「だから今日は、その前提になる話だけをしよう。」


「この施設が建設された時代。」


「その頃、人類に何が起きていたのか。」


エンロはテーブルへ手を置いた。


「この施設が建てられた時代の文明は、君たちの知る外の世界とは比べものにならないほど発達していた。」


「ああ。」


「外の世界というのは、君たちの服装や装備、言葉遣いから俺が勝手にそう呼んでいるだけだけどね。」


「君たちも、この施設を見て驚いていただろう。」


「だから、その差は実感できると思う。」


ユーリイ達も小さく頷く。


「さて。」


「そんな高度な文明を築いた人類は、最終的にどうなったと思う。」


誰も答えられない。


「病気は克服され。」


「飢える者もいなくなり。」


「争いもなくなり。」


「誰もが幸せに暮らす理想郷になった。」


「そう思うよね。」


エンロは静かに首を横へ振った。


「残念ながら違った。」


「確かに多くの病気は克服された。」


「食料生産も安定した。」


「平均寿命も大きく伸びた。」


「差別や偏見も少しずつ薄れていった。」


「それはクエスの記録からも確認されている。」


「しかし。」


「人類は、ゆっくりと滅びへ向かっていった。」


部屋の空気が重くなる。


「世界が豊かになった結果、最初に現れたのは出生率の低下だった。」


「文明が成熟すると、まるで滅びのスイッチでも入るように、生まれてくる子供が減っていく。」


「もちろん、当時の人々も何もしなかった訳じゃない。」


「子供を増やす政策。」


「税制改革。」


「経済支援。」


「教育制度の見直し。」


「働き方の改善。」


「考えられることは、ほとんど試された。」


「それでも目立った成果は得られなかった。」


ミークニーが静かに口を開く。


「つまり、人類は子供を産まなくなった……。」


「そう。」


エンロは頷く。


「正確には、産めなくなった訳じゃない。」


「産まなくなったんだ。」


「だから人口は、何世代も掛けてゆっくり減っていった。」


「一方で、技術も進歩していた。」


「機械が人に代わって働くようになり、多くの仕事は自動化された。」


「だから人口が減っても、しばらく社会は回り続けた。」


「しかし。」


「どうしても人でなければ出来ない仕事は残る。」


「介護。」


「医療。」


「危険を伴う作業。」


「細かな判断を必要とする仕事。」


「そういう分野だけは最後まで人間が担っていた。」


エンロはそこで一度言葉を切った。


「そして、その不足した労働力が社会全体を揺るがす問題になった。」


「さて。」


「人類は、その不足した労働力をどう補ったと思う。」


誰も答えない。


「昔なら簡単だった。」


「力ある者が、力なき者を従わせる。」


「つまり奴隷だ。」


「人類は長い歴史の中で、そうやって労働力を補ってきた。」


「しかし、この時代。」


「奴隷制度は倫理にも法律にも反するものとして、世界の多くの国で禁止されていた。」


「では、どうする。」


「人は欲しい。」


「だが奴隷は作れない。」


「機械にも限界がある。」


「その時代の人類は、そこで大きな壁にぶつかった。」


エンロは静かに全員を見回した。


「そして、その壁を越えようと考えた者たちが現れる。」


「……それが、この話の始まりなんだ。」


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