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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義 豊


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お茶

湯気とともに、馴染みのある香りが立ち上っていた。


メローペはカップを手に取り、香りを確かめてから一口含んだ。


「これは飲んだことがある。」


「ほう。」


向かいに座っていたストレップが、嬉しそうに身を乗り出した。


「あんたらの国でも緑茶はあるのか?」


「ええ。広く飲まれているわ。」


「そりゃいい。どうだ、俺たちの作った茶の味は?」


にかっと笑うストレップに、メローペはもう一口飲んだ。


「悪くない。」


「……悪くない、か。」


ストレップの顔が僅かに曇る。


メローペはカップを置いた。


「いや、非常に美味しい。我が国で流通したなら、間違いなく一級品として評価されるでしょう。」


「本当か?」


「ええ。」


隣で静かに茶を味わっていたリュシエンヌも頷いた。


「殿下のおっしゃる通りです。」


もう一度香りを確かめる。


「我が国三大産地と評されるウーズィ、ズーオカ、シャーマ。その一級畑から採れた特級銘茶にも引けを取りません。」


「へえ。」


ストレップの顔に再び笑みが戻った。


「そこまで言われると、悪い気はしねえな。」


自分のカップを手に取る。


「逆に、その三大銘茶ってのを飲んでみたくなってきたぜ。」


「もう、親父ったら。」


カナが呆れたように笑った。


「褒められたらすぐ調子に乗るんですから。」


「作ったもんを褒められて嬉しくない農家がいるかよ。」


「はいはい。」


カナはそう言いながら、別のポットを持ってきた。


「では、こちらもどうですか?」


「まだあるの?」


「はい。先ほどのお茶とは少し香りが違いますが。」


新しいカップが置かれる。


注がれた茶は、先ほどとは色からして違っていた。


メローペは興味深そうにカップを持ち上げる。


「頂こう。」


リュシエンヌもそれに続いた。


香りを確かめ。


口に含む。


「!」


メローペがカップを見る。


隣のリュシエンヌも目を見開いていた。


「これは……。」


もう一口。


リュシエンヌは舌の上に残る香りを確かめるように、しばらく黙っていた。


「お茶、ですよね?」


「はい。」


「茶の品種が違うのですか?」


カナは笑った。


「いいえ。先ほど飲んでいただいた緑茶と、同じ品種なんですよ。」


「同じ?」


メローペとリュシエンヌの声が重なった。


「ええ。」


「でも、香りも味も全然違うわ。」


「作り方が違うんです。」


カナは茶葉を少し取り出した。


「こちらは、摘んだ葉をすぐに加熱するのではなく、一度萎れさせます。それから葉に刺激を与えて、香りや味が変わっていく途中で熱を加えて止めるんです。」


「途中で……。」


リュシエンヌはカップへ視線を落とした。


「それだけで、これほど変わるのですか?」


「細かなやり方は他にもありますけどね。」


ストレップが口を挟む。


「どこまで変化させるか、どんな葉を使うか、気温や湿り気でも変わる。簡単そうに見えて、狙った味にするのは結構難しいんだぜ。」


「親父、さっきまで褒められて浮かれてたのに、こういう話になると真面目ですね。」


「うるせえ。」


メローペが小さく笑った。


「これは何というお茶なの?」


「烏龍茶です。」


「ウーロン茶……。」


リュシエンヌが、その名前を覚えるように繰り返した。


そして、もう一口。


「美味しい……。」


その声は、先ほどより小さかった。


だが、カナには十分聞こえていたらしい。


「気に入っていただけました?」


「ええ、とても。」


リュシエンヌは素直に頷いた。


「ですが、驚きました。同じ茶葉から、このようなお茶が作れるなんて。」


「でしたら。」


カナが楽しそうに立ち上がった。


「もう一つ、飲んでみます?」


「まだあるの?」


メローペが笑う。


「ありますよ。」


カナが今度は別のポットを持ってきた。


先ほどよりも濃い色の液体がカップへ注がれていく。


香りも違う。


メローペがカップへ顔を近づけた。


「これも、お茶?」


「はい。」


リュシエンヌは既に何かを察したらしい。


「まさか……。」


一口飲む。


「……。」


しばらく無言だった。


「これも同じ品種なのですか?」


「はい。」


「先ほどの緑茶とも?」


「同じです。」


「烏龍茶とも?」


「同じですよ。」


リュシエンヌはカップを見つめた。


理解できないというより。


理解したからこそ、驚いているようだった。


「こちらは、先ほどよりも葉の変化を進めてから作ります。」


「では、緑茶と烏龍茶と、これが……。」


「元は同じお茶です。」


メローペも改めて三つのカップを見比べた。


淡い緑。


香り豊かな琥珀。


そして濃い赤褐色。


「同じものには見えないわね。」


「私も最初に知った時は驚きました。」


「これは何というの?」


「紅茶です。」


「紅茶……。」


今度はメローペが、その言葉を繰り返した。


一方。


リュシエンヌは黙って紅茶を飲んでいた。


烏龍茶を飲む。


もう一度、緑茶。


また紅茶。


「リュシエンヌ?」


メローペに呼ばれ、ようやく顔を上げた。


「申し訳ありません、殿下。」


「随分熱心ね。」


「ええ……。」


リュシエンヌは三つのカップを見つめた。


「我が国では、茶は茶として完成されているものだと思っておりました。」


ウーズィ。


ズーオカ。


シャーマ。


数多くの茶園があり。


土地ごとに違う茶があり。


品種があり。


等級があり。


それを扱う商人たちがいる。


幼い頃から、それを見てきた。


「ですが、同じ茶葉に、まだこのような作り方があったなんて……。」


「興味があるのか?」


ストレップが尋ねる。


「はい。」


即答だった。


「とても。」


ストレップとカナが顔を見合わせた。


「だったら、今度作ってるところを見るか?」


「よろしいのですか?」


「別に隠すようなもんでもねえよ。」


「親父。」


「なんだよ。」


「細かいところまで教えるなら、私も一緒にやります。」


「分かってるよ。」


リュシエンヌは二人を見た。


そして、深く頭を下げた。


「ぜひ、お願いいたします。」


「そんな畏まらなくてもいいですよ。」


カナが苦笑する。


メローペは、そんなリュシエンヌを見ながら紅茶をもう一口飲んだ。


「確かに、これは覚えて帰りたくなるわね。」


「はい、殿下。」


リュシエンヌは頷いた。


目の前には三つの茶。


どれも同じ茶の木から生まれたものだった。


その日。


メローペとリュシエンヌは初めて、烏龍茶と紅茶を知った。


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