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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義 豊


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盤上の交流

「またですか?」


カナ・マイテンは、目の前に置かれたチェス盤と、その向こうに座るタッカーを交互に見た。


「ああ。」


「昨日も三局打ちましたよね?」


「ああ。」


「三局とも私が勝ちましたよね?」


「ああ。」


「その前の日も――」


「細けぇことはいいんだよ!」


タッカーは盤を指差した。


「だってよ! ここじゃあんたが一番なんだろ?」


「まあ……。」


カナは少し考える。


「確かにそうですけど、私のお父さんもそこそこですし、マルヴォも私と同じくらい強いですよ。」


「マルヴォも?」


「ええ。」


「じゃあ、そっちとも打ってみるか。」


「それもいいですけど。」


カナはタッカーと、その少し離れたところにいたマースを見る。


「多分、タッカーさんやマースさんくらいでしたら、うちの子供たちといい勝負になると思いますよ。」


「…………。」


タッカーの動きが止まった。


マースも顔を上げる。


「……子供?」


「はい。」


「俺が?」


「はい。」


「子供と?」


「そうですね。」


「いい勝負?」


「ええ。」


「…………。」


タッカーは椅子の背にもたれた。


「がーん……。」


「どうしました?」


「今かなり傷ついてる。」


「そうなんですか?」


「そうなんです。」


マースが肩を震わせる。


「笑うな!」


「いや、だって……。」


「お前もだからな!」


「え?」


「今、俺とお前って言っただろ!」


マースの笑いが止まった。


カナは二人を見ながら首を傾げる。


「でも、子供だから弱いとは限りませんよ?」


「分かってる。」


「分かってるけど、なんか傷つくんだよ。」


「難しいですね。」


カナは少し考えた。


「でしたら、一度対局してみますか?」


「子供たちと?」


「ええ。」


そして、何かを思いついたように顔を上げた。


「せっかくですから、あちらの女性の方々も交えて対抗戦をしてはいかがでしょうか?」


タッカーとマースが揃って黙った。


二人の視線が、少し離れたところにいる近衛たちへ向く。


「いや……。」


タッカーは頭を掻いた。


「俺たちから、殿下や近衛の人たちにそんなこと言えねぇよ。」


「そうなんですか?」


「そうなんです。」


カナは不思議そうな顔をした。


彼女にとっては、同じ場所でチェスをしている者同士だった。


だが、彼らにとっては違う。


「では、私からお話ししましょうか?」


タッカーが顔を上げた。


「頼めるか?」


「ええ、承りました。」


カナは笑った。


「同じくらいの方たち同士で対局すると、腕も上がりますからね。」


「それで頼む。」


「もちろん、優勝された方とは私がお相手しますよ。」


タッカーの目が変わった。


「頼む!」


「そこが目的なんですね。」


「当たり前だ!」


◇


数日後。


いつもなら幾つかの場所に分かれていたチェス盤が、一つの広間へ集められていた。


参加者は十六人。


近衛。


不能部隊。


ナストロンドの住民。


そして子供たち。


レチノーラ。


カルーテン。


ナイーア。


パムトテン。


四人とも普段から村の大人たちに混じってチェスを打っている。


見物人も集まっていた。


「パムトテン! 頑張れよ!」


「レチノーラ、負けるな!」


「ナイーア! 昨日教えたやつ忘れるなよ!」


「教えたって、お前、この前ナイーアに負けてたじゃねぇか。」


「一回だけだ!」


「三回見たぞ。」


「うるせぇ!」


あちらこちらから声が飛ぶ。


そんな中。


アデルハイドだけは、やけに真剣な顔で指を一本ずつ曲げたり伸ばしたりしていた。


オーレリアがその姿を見る。


「……何してるの?」


「見れば分かるだろう。」


「分からないから聞いてるのよ。」


「戦いの準備だ。」


「チェスよ?」


「だからこそだ。」


今度は手首を回す。


「今日は勝つ。」


「そう。」


「何だ、その目は。」


「何でもないわ。」


「絶対に負けると思っただろう。」


「思ってないわよ。」


「本当か?」


「ええ。」


「なら何故、笑っている。」


「楽しみだから。」


「ならば見ていろ!」


そのやり取りを少し離れたところで聞いていたタッカーたちは、黙って視線を逸らした。


カナが手を叩く。


「対局中の助言は禁止ですよ。」


「分かってるよ。」


「応援だけなら構いません。」


その横でタッカーが小声でマースに言う。


「なあ。」


「何?」


「何か俺たち、敵地に乗り込んだみたいになってねぇか?」


「そう?」


「村の連中、みんな子供を応援してるぞ。」


「そりゃ村の子供だからね。」


「やっぱ敵地じゃねぇか。」


「勝てばいいじゃないか。」


「言ったな。」


「何が?」


「お前、絶対負けんなよ。」


「何で俺まで背負わされるんだよ。」


カナがもう一度手を叩いた。


「では、始めましょう。」


◇


十六人による一回戦が始まった。


最初のうち。


見物人は自然と分かれていた。


近衛は近衛の対局を見る。


不能部隊は不能部隊の対局を見る。


村人たちは村人や子供たちを囲む。


同じ広間に集まってはいる。


だが、それぞれが普段から一緒にいる者の近くに立っていた。


「……チェックメイト。」


「え?」


メローペは盤面を見た。


向かいに座るナイーアを見る。


もう一度、盤面を見る。


「あら。」


ナイーアが少し不安そうに尋ねる。


「詰み……ですよね?」


「ええ。」


メローペは笑った。


「負けちゃった。」


「ありがとうございました。」


「こちらこそ。」


二人が席を立つ。


ちょうど別の対局を終えたマルグリットが戻ってきた。


「あれ? 殿下、終わったんですか?」


「負けちゃった。」


メローペは楽しそうに笑う。


「あのナイーアって子、強かったわ。」


「むぐぐ……。」


マルグリットが眉を寄せた。


「敵を取って差し上げたいのですが……。」


「あら、お願いできる?」


「それが。」


マルグリットは少し視線を逸らした。


「私も、あのパムトテンという子に負けてしまいました。」


「…………。」


「…………。」


メローペが吹き出した。


「私たちって、まだまだね。」


「悔しいですが……。」


マルグリットも苦笑する。


「そのようです。」


少し離れた場所では、村の男がパムトテンの肩を叩いていた。


「やるじゃねぇか。」


「えへへ。」


「でも中盤、危なかったぞ。」


「分かってるよ。」


「俺ならあそこでビショップを――」


「それやったらルーク取られるよ。」


隣の男が口を挟む。


「取られねぇよ。」


「取られる。」


「じゃあ、どう取られるんだよ。」


「こうして、こうだろ。」


「いや、その前にこっちを――」


二人は空いた盤を使って、勝手に検討を始めた。


パムトテンは二人を置いて、さっさと次の対局を見に行った。


◇


別の盤では。


アデルハイドとレチノーラが向かい合っていた。


「いいか。」


アデルハイドは盤面を見つめたまま言う。


「私は以前の私とは違う。」


「そうなの?」


「ああ。」


「何度も負けた。」


「うん。」


「その度に学んだ。」


「うん。」


「もう、あんな無様な負け方はしない。」


「ふーん。」


「何だ、その反応は。」


「別に。」


「見ていろ。」


アデルハイドは胸を張った。


「今日は勝つ。」


「じゃあ、始めよっか。」


「望むところだ!」


対局が始まった。


アデルハイドが駒を動かす。


レチノーラも動かす。


数手。


さらに数手。


オーレリアが少し離れた場所から盤を見ていた。


「……あら。」


隣にいたジゼルが尋ねる。


「どうしました?」


「まだ負けてない。」


「さすがに失礼ですよ。」


「だって、この前は……。」


「聞こえているぞ!」


アデルハイドが振り返った。


「盤を見なさい。」


「分かっている!」


再び盤へ向き直る。


その様子を、少し離れたところからタッカーとアンが見ていた。


アンが小さく息を漏らす。


「……。」


タッカーが肘で軽く突いた。


「やめとけ。」


「笑ってねぇよ。」


「顔が笑ってる。」


「お前もだろ。」


二人とも何事もなかったように別の盤へ視線を向けた。


レチノーラが駒を動かす。


アデルハイドが考える。


一つ動かす。


またレチノーラが動かす。


「…………。」


アデルハイドの眉間に皺が寄る。


「どうしたの?」


「考えている。」


「そう。」


「…………。」


「まだ?」


「待て!」


周囲から小さな笑い声が漏れた。


「笑うな!」


誰も返事をしなかった。


レチノーラだけが笑う。


「早く打って。」


「分かっている!」


どうにか駒を動かす。


レチノーラは盤を見て。


少し考え。


一つの駒を動かした。


「チェックメイト。」


「…………。」


アデルハイドの動きが止まる。


盤面を見る。


右を見る。


左を見る。


もう一度、盤面を見る。


「…………。」


「終わったよ。」


「分かっている。」


「そう?」


「…………。」


「ありがとうございました。」


「……ありがとうございました。」


アデルハイドは盤面を睨みつけた。


しばらくして。


「もう一局。」


「大会だから駄目。」


「終わったら。」


「いいよ。」


「約束だぞ!」


「うん。」


一回戦敗退。


だが。


アデルハイドはすぐに立ち上がった。


「次はどこだ!」


オーレリアが眉を上げる。


「何が?」


「次の対局だ!」


「見るの?」


「当然だ!」


アデルハイドは胸を張る。


「私に勝った奴がどこまで行くのか、見届ける義務がある!」


「何の義務よ。」


「私のだ!」


そう言って。


今度は誰より熱心な観戦者になった。


◇


やがて一回戦が終わった。


十六人から八人へ。


残った顔ぶれを見て、タッカーが眉を上げる。


「おい。」


「何?」


マースが隣に立つ。


タッカーは八人を指差した。


「子供、全員残ってんじゃねぇか。」


「本当だね。」


「カナ。」


「はい?」


「お前、俺たちといい勝負って言ったよな?」


「ええ。」


「これ、いい勝負どころじゃなくねぇか?」


「まだ分かりませんよ。」


「絶対分かって言ってるだろ。」


「さて。」


カナは笑った。


準々決勝。


マース対パムトテン。


レチノーラ対タッカー。


ナイーア対ジゼル。


カルーテン対オーレリア。


四つの対局が決まった。


◇


「マース! 負けるなよ!」


「うるさいなあ。」


マースはパムトテンと向かい合っていた。


その周囲には村人が集まっている。


「パムトテン、頑張れ!」


「負けんなよ!」


「落ち着いて打て!」


パムトテンへの声援の方が大きい。


マースが苦笑した。


「完全に敵地だね。」


「ごめんなさい。」


パムトテンが笑う。


「でも、負けませんよ。」


「俺も負けるつもりはないよ。」


対局が始まった。


序盤。


中盤。


互いに大きく崩れない。


「ほう。」


村の男が腕を組む。


「なかなかやるな、あの兄ちゃん。」


「パムトテン相手に互角か。」


「俺ならあそこでナイトだな。」


「いや、ポーンだ。」


「ナイトだろ。」


「ポーンだって。」


「じゃあ終わったら打つか?」


「いいぞ。」


「お前ら静かにしろ!」


別の村人に怒られた。


マースが思わず笑う。


「集中できないよ。」


「いつもこんな感じです。」


パムトテンも笑った。


最後に勝ち切ったのはマースだった。


「チェックメイト。」


「……参りました。」


パムトテンが頭を下げる。


「ありがとうございました。」


「ありがとうございました。」


村人たちから拍手が起こった。


「惜しかったな!」


「でも、よくやった!」


そして一人がマースへ声をかける。


「兄ちゃんも強ぇな!」


「どうも。」


「うちのパムトテン相手になかなかやるじゃねぇか。」


「勝ったんだけど。」


「知ってるよ。」


「何か俺が善戦したみたいになってない?」


「細けぇこと気にすんな!」


「はあ……。」


◇


その隣。


タッカーはレチノーラを前に腕を組んでいた。


「子供相手だからって、手加減しねぇぞ。」


「しなくていいよ。」


「言ったな。」


「うん。」


「泣いても知らねぇからな。」


レチノーラは首を傾げる。


「負けそうだから怒ってるの?」


「まだ始まってねぇだろ!」


カナが二人を見る。


「始めてください。」


「おう。」


「はーい。」


対局が始まった。


最初こそ余裕のあったタッカーだったが。


次第に口数が減る。


「…………。」


「…………。」


レチノーラが駒を動かす。


タッカーの眉間に皺が寄る。


村人たちも盤を見つめていた。


「……あの兄ちゃん、強いぞ。」


「ああ。」


「レチノーラ相手に、なかなかやるな。」


タッカーが顔を上げる。


「聞こえてるぞ。」


「褒めてんだよ!」


「何か引っかかるんだよ!」


レチノーラが笑う。


「おじさん、面白いね。」


「おじさん言うな!」


マースが少し離れた場所から笑っている。


「笑うな!」


「何も言ってないよ。」


「顔が笑ってんだよ!」


その後ろでは。


アデルハイドが腕を組んで盤面を凝視していた。


「なるほど……。」


オーレリアが横を見る。


「何が?」


「今の手だ。」


「分かるの?」


「分かる。」


「本当に?」


「多分。」


「分かってないじゃない。」


「うるさい!」


タッカーは盤面を見たまま、口元だけを僅かに緩めた。


だが、何も言わなかった。


そして。


レチノーラが駒を動かした。


「チェックメイト。」


「…………。」


タッカーは盤面を見る。


「……待て。」


「待たない。」


「まだ何かある。」


「ないよ。」


「カナ。」


「ありませんね。」


「…………。」


レチノーラが笑う。


「おじさん、強かったよ。」


「だから、おじさんって言うな……。」


タッカーは頭を抱えた。


◇


ナイーアとジゼル。


こちらは対照的に静かな対局だった。


駒を動かす音だけが続く。


その盤をメローペとマルグリットも覗き込んでいた。


「殿下。」


「何?」


「ナイーアは、私たちの時より苦戦しておりますね。」


「そうね。」


メローペは少し楽しそうにジゼルを見る。


「頑張ってほしいわ。」


「はい。」


「私たち二人の敵討ち。」


「ジゼル、頼むぞ。」


ジゼルが顔を上げた。


「聞こえていますよ。」


「あら。」


「余計なものまで背負わせないでください。」


メローペが笑う。


「ごめんなさい。」


その横ではアデルハイドも盤を睨んでいた。


「そこだ……。」


ジゼルの手が止まる。


「アデルハイド。」


「何だ?」


「声に出ています。」


「私は何も言っていない。」


「『そこだ』と言いました。」


「感想だ。」


「黙っていてください。」


「……はい。」


少し離れた場所にいたアンが、俯いて肩を震わせた。


タッカーが小声で言う。


「おい。」


「分かってる。」


アンは顔を上げる。


何事もなかったような顔を作った。


長い対局だった。


最後に。


ナイーアが駒を置く。


「チェックメイトです。」


ジゼルは盤面を見つめた。


やがて、小さく息を吐く。


「参りました。」


ナイーアの周囲から歓声が上がる。


「よし!」


「ナイーア!」


「強ぇな!」


ジゼルは笑って頭を下げた。


「ありがとうございました。」


「ありがとうございました。」


メローペが近づいてくる。


「ジゼルも駄目だったわね。」


「殿下。」


「何?」


「殿下も負けております。」


「知ってるわ。」


「では、あまり嬉しそうに言わないでください。」


「だって、やっぱり強かったでしょう?」


「……ええ。」


ジゼルも笑った。


◇


カルーテンとオーレリアの勝負も長引いた。


「あそこ、どう思う?」


観戦していた村人が呟く。


「カルーテンが押してる。」


「いや、まだだろ。」


「俺ならクイーンを前に出す。」


「早い。」


「何でだよ。」


「オーレリアさん、あのルーク残してるだろ。」


「ああ。」


「だから先に――」


「なるほど。」


アデルハイドが頷いた。


村人が振り返る。


「だろ?」


「ああ。私もそう思っていた。」


オーレリアが盤面を見たまま口を開く。


「嘘ね。」


「何故分かる!」


「さっき『なるほど』って言ったでしょう。」


「…………。」


「静かにして。」


「はい。」


近くにいた村人たちが笑う。


少し離れたところにいた不能部隊の男たちも、顔を見合わせた。


だが。


誰もそこへ混ざって笑い声を上げることはなかった。


最後は。


オーレリアが僅かな隙をものにした。


カルーテンが盤面を見つめ。


「……参りました。」


「ありがとうございました。」


オーレリアが息を吐く。


「疲れた……。」


村人がカルーテンの頭を撫でた。


「惜しかったな。」


「うん。」


別の男はオーレリアを見る。


「いやあ、強いですね。」


「ありがとう。」


「俺なら途中で三回は負けてた。」


「それ、褒めてる?」


「もちろん。」


「なら、ありがとう。」


◇


準決勝。


マース対レチノーラ。


ナイーア対オーレリア。


この頃になると。


最初とは少しだけ、見物人の立つ場所が変わっていた。


近衛だけで固まっていた者たちの隣に村人が立ち。


不能部隊の男たちの横で、子供たちが盤を覗き込んでいる。


それでも。


近衛と不能部隊の間には、まだ僅かな空間があった。


同じ盤を見ている。


ただ、それだけだった。


「マース、そこ危ねぇぞ!」


タッカーが声を上げる。


「助言は禁止だよ。」


レチノーラが顔を上げた。


「今のは応援だ。」


「どこが?」


「危ねぇぞって応援。」


「それ、助言だよ。」


「タッカーさん。」


カナが笑顔で見る。


「……黙ります。」


もう一方では。


アデルハイドが食い入るように盤面を見ていた。


オーレリアが駒へ手を伸ばす。


「オーレリア! ナイトだ!」


「アデルハイド。」


「何だ!」


「助言は禁止。」


「これは助言ではない!」


「では何です?」


「私ならそう打つという感想だ!」


カナが言った。


「聞こえるように言ったら助言です。」


「む……。」


近衛の何人かが笑う。


少し離れたところにいたタッカーたちも、思わず顔を見合わせた。


誰も口には出さない。


だが。


同じものを面白いと思ったことだけは分かった。


◇


先に決着したのは、マースとレチノーラだった。


「チェックメイト。」


「……参った。」


マースが頭を下げる。


「ありがとうございました。」


レチノーラも頭を下げた。


「やった!」


村人たちから拍手が起きる。


タッカーがマースのところへやって来た。


「お前も負けた。」


「負けたね。」


「俺たち、二人とも子供に負けたぞ。」


「そうだね。」


「悔しくねぇのか?」


「悔しいよ。」


「もっと出せ!」


「何を?」


「悔しさを!」


「何で?」


「俺だけ大人げないみたいじゃねぇか!」


「大人げないんだよ。」


「お前!」


近くにいた村人たちが笑った。


「でも、あのマースって兄ちゃんも強かったな。」


「ああ。」


「途中、レチノーラ危なかったぞ。」


「俺ならあそこで――」


「また始まった。」


パムトテンが呆れたように笑った。


◇


もう一方。


ナイーアとオーレリア。


こちらも長い勝負になった。


ナイーアが攻める。


オーレリアが受ける。


またナイーアが攻める。


村人たちも。


メローペたちも。


不能部隊の男たちも。


いつしか全員が黙って盤を見ていた。


最後に。


オーレリアが駒を動かした。


ナイーアはしばらく盤面を見つめ。


「……参りました。」


大きな息を吐いた。


「ありがとうございました。」


「こちらこそ。」


オーレリアも息を吐く。


「本当に強いわね、あなたたち。」


ナイーアが笑った。


「カナ姉ちゃんより弱いですよ。」


「それ、今は聞きたくなかったわ。」


村人たちから笑い声が上がった。


不能部隊の男たちも。


今度は小さく笑った。


◇


決勝。


レチノーラ対オーレリア。


二人の周囲には。


いつの間にか大勢が集まっていた。


メローペ。


近衛。


不能部隊。


村人。


子供たち。


最初のように、綺麗に分かれてはいなかった。


ただ。


だからといって、急に親しくなったわけでもない。


誰もが同じ盤面を見ている。


それだけだった。


タッカーは盤を覗き込む。


少し先にはジゼルがいた。


レチノーラが駒へ手を伸ばす。


止まる。


別の駒を見る。


タッカーが小さく呟いた。


「……あそこ、取らねぇのか。」


ジゼルが顔を上げた。


一瞬。


タッカーの背筋が伸びる。


「し、失礼しました。」


「いえ。」


ジゼルは盤へ視線を戻した。


「取ると、その次にクイーンを失うと思います。」


「……ああ。」


タッカーも盤を見る。


しばらく考え。


「なるほど……。」


それだけだった。


ジゼルもそれ以上何も言わない。


タッカーも黙って盤を見る。


少し離れた場所では、村人たちが小声で話していた。


「俺ならナイトだな。」


「ナイト?」


「ああ。」


「いや、そっちだと――」


「私はクイーンだな。」


アデルハイドが口を挟んだ。


村人が振り返る。


「クイーン?」


「ああ。」


「でも、それだとこっちから――」


「む。」


「ほら。」


「いや、待て。」


アデルハイドが盤面を覗き込む。


「なら先にこちらを……。」


「それならありかもな。」


「だろう?」


いつの間にか。


アデルハイドは村人たちと盤を囲んでいた。


少し離れたところから。


タッカーたちはその様子を見ていた。


そして。


また盤へ視線を戻した。


◇


勝負は長く続いた。


レチノーラが駒を動かす。


「チェック。」


オーレリアの表情が変わる。


盤面を見る。


駒へ手を伸ばす。


止まる。


別の駒を見る。


長い沈黙。


そして。


「……参りました。」


一瞬の静寂。


次の瞬間。


「やった!」


レチノーラが両手を上げた。


「レチノーラ!」


「勝った!」


「やったな!」


子供たちが駆け寄る。


村人たちから拍手が起こる。


近衛も手を叩く。


不能部隊の男たちも、それに続いた。


オーレリアは苦笑しながら立ち上がる。


「完敗ね。」


「ありがとうございました。」


「こちらこそ。」


カナが前へ出た。


「では、今回の優勝者は、レチノーラです。」


もう一度、大きな拍手。


レチノーラは照れ臭そうに笑った。


カナも笑いながらレチノーラを見る。


「おめでとうございます。」


「ありがとう。」


「では、約束通り。優勝者には、私との対局を――」


「いらないいらない。」


「……え?」


レチノーラは笑いながら両手を振った。


「カナ姉ちゃんとの対局?」


「いらないよ。」


「勝てないもん。」


「…………。」


カナが目を瞬かせる。


村人たちは一斉に頷いた。


「正解。」


「賢い。」


「それが一番だ。」


「勝てない相手に挑んでもなぁ。」


タッカーが思わず口を挟む。


「お前ら、村で一番強い奴に挑もうって気概はねぇのかよ!」


「ない。」


「勝てないもん。」


「時間の無駄だ。」


「お前らぁ!」


村人たちが笑う。


マースも笑う。


子供たちも笑う。


少し離れた近衛たちからも笑い声が聞こえた。


その中で。


アデルハイドだけが、何かに気付いたように顔を上げた。


「……待て。」


オーレリアが振り返る。


「何?」


「レチノーラが優勝した。」


「そうね。」


「私を一回戦で破ったレチノーラが優勝した。」


「そうね。」


アデルハイドの表情が明るくなる。


「つまり。」


「嫌な予感がするわ。」


アデルハイドは胸を張った。


「私との一回戦が実質の決勝戦だったのだ!」


「違うわ。」


「違うよ。」


レチノーラまで即答した。


「何故二人とも即答する!」


再び、大きな笑い声が広がった。


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