秘匿
「この事実を、女性方へお話しされますか?」
エンロの問いに、誰もすぐには答えなかった。
つい先ほどまでの騒ぎが嘘のように、部屋が静まり返る。
アン・ピノーが腕を組んだ。
「……どうする?」
「どうするって言われてもな。」
ミューン・ジローが頭を掻く。
「別に、王女殿下たちを信用してねぇわけじゃない。」
「ここまで一緒に来たんだ。」
「今さら隠すってのも……。」
「待て。」
タッカーが遮った。
「信用するとか、しねぇとか、そういう話じゃねぇだろ。」
ミューンが振り返る。
「じゃあ何だよ。」
「俺たちが軍で安全にいられたのは、不能者だと思われてたからでもあるんだぞ。」
その一言で、何人かの表情が変わった。
タッカーは仲間たちを見回す。
「エンロの話を聞いただろ。」
「俺たちの多くは、子どもを作れなかっただけだ。」
「別に、女と何もできなかったわけじゃねぇ。」
「ああ。」
アンが頷く。
「でも、そんなこと知ってる奴がどれだけいる?」
誰も答えない。
「不能者って聞いたら、何もできねぇ男だと思ってる奴だって多いだろ。」
「そりゃ……いるだろうな。」
「俺だって、他の奴がどういう理由で不能者になったかなんて知らなかったし。」
ヨシーカ兄弟も顔を見合わせる。
「「俺たちも。」」
ミークニーが静かに頷く。
「医師や、不能者を日常的に扱う仕事をしている者であれば、違いを理解しているかもしれません。」
「ですが、一般の人々が、生殖能力と性行為を行う能力を正確に区別しているとは思えません。」
「だったら。」
タッカーが言う。
「そのまま勘違いしてもらってた方がいい。」
「今まで俺たちは、その勘違いにも守られてたんだからな。」
モーリス・マスが首を傾げる。
「でも、治ったって知られたくらいで、そんなに変わるか?」
「変わる。」
ユーリイが即答した。
「俺たちは男だ。」
「しかも今は、子どもを作れる男になった。」
「それが知られたら、今までと同じ扱いで済むとは思えない。」
モーリスの表情から笑みが消えた。
ユーリイは続ける。
「それに、俺たちの身分は国に帰属している。」
「俺たち自身が、自分の身柄を自由にできるわけじゃない。」
「もし、俺たちに価値があると判断されたら……。」
そこで言葉を切る。
タッカーが後を継いだ。
「国に囲われるかもしれねぇ。」
「どっかの貴族に渡されるかもしれねぇ。」
「国が必要だと判断すりゃ、他国に売られることだってあるかもしれねぇ。」
誰も笑わなかった。
今の彼らには、あり得ない話だと言い切れない。
男女の出生比は一対五十。
その世界で、十人を超える生殖可能な男が突然現れる。
しかも、その身柄は既に国家に帰属している。
「……殿下に話すのは、まずいか。」
アンが呟いた。
「殿下が悪いんじゃねぇ。」
タッカーが言う。
「王女だからまずいんだ。」
ユーリイも頷いた。
「知った以上、王女として何もしないわけにはいかなくなるかもしれない。」
「だったら、知らない方がいい。」
再び沈黙が落ちる。
その中で、ユーリイはエンロへ目を向けた。
「エンロ。」
「はい?」
「あんたはどう思う?」
エンロは少し意外そうな顔をした。
「私ですか?」
「ああ。」
「俺たちは、森の外にある王国で生きてきた。」
「だから、これが普通だと思ってる。」
「王国の外から見たらどうなのか、聞いてみたい。」
「なるほど。」
エンロは腕を組み、少し考え込んだ。
「まず、一つ確認してもよろしいですか?」
「何だ?」
「先ほど、男女の出生比は一対五十とおっしゃいましたね。」
「ああ。」
エンロは僅かに眉を上げた。
「一対五十……そこまででしたか。」
「何だ?」
「いえ。」
エンロは首を横に振る。
「私が想像していた以上に、偏りが大きかったものですから。」
少し考えてから、続ける。
「そして、生殖可能な男性は、そのような扱いを受けるのですね。」
「まあな。」
タッカーが答える。
「俺の知る限り、ほとんどの家で、一人の男に対して複数の嫁がいる。」
少し考えて、言い直す。
「いや、ちょっと違うな。」
「複数の女がいる家に、男が一人、婿として迎えられるんだ。」
「婿を迎えられない家は、カーヴに男を……子種を買いに行く。」
エンロが首を傾げた。
「カーヴとは?」
「男娼館のことだよ。」
「男娼館?」
タッカーは、何を聞かれているのか分からないという顔をした。
「金を払って、女が男との一晩を買う場所だよ。」
「ああ……。」
エンロはようやく意味を理解したように頷いた。
「なるほど。」
「そのような仕組みまであるのですね。」
「珍しいのか?」
「少なくとも、ここにはありません。」
エンロは少し考える。
「そのような社会ですと、色々と不便もあるのでしょうね。」
そして、少しだけ笑った。
「不謹慎かもしれませんが。」
「男女比がそこまで偏っていれば、男性はさぞ女性にモテるのだろうと、少し羨ましく思ってしまいました。」
何人かが目を瞬かせる。
エンロは慌てて付け加えた。
「あ、妻には言わないでくださいね。」
「…………。」
タッカーが眉をひそめる。
「お前、嫁いたのか?」
「いませんよ。」
「いねぇのかよ!」
エンロは笑った。
「ええ。」
「一度言ってみたかっただけです。」
アンが思い出したように口を開く。
「じゃあ、オルヴィは?」
「妹ですよ。」
「妹?」
「はい。」
「実の妹です。」
「そうだったのか……。」
「何だと思っていたんですか?」
「いや、何となく……。」
「まあ、いいです。」
エンロは小さく笑う。
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。
だが、エンロはすぐに表情を戻した。
「これは、あくまで私個人の意見ですが。」
全員がエンロを見る。
「そこまで極端に男女比が偏った社会で、生殖可能な男性の身分が国家に帰属しているのであれば。」
「私は、むやみに公表しない方がよいと考えます。」
ユーリイは黙って続きを待った。
「旧文明では、宝石や金銀などの貴金属が、高価な品として取引されていました。」
「何故だと思いますか?」
アンが首を傾げる。
「綺麗だから?」
「ええ。」
「それも理由の一つです。」
「ですが、もう一つあります。」
「希少だからです。」
エンロは続ける。
「美しく、それを欲しがる人が多い。」
「しかし、誰でも簡単に手に入れられるほど存在しているわけではない。」
「だからこそ、高い価値を持ちました。」
モーリスが尋ねる。
「ここにもあるのか?」
「ありますよ。」
「ただ、ナストロンドではそこまで希少品として扱われません。」
「ここの住人は、そういったものに無頓着ですからね。」
「金や宝石を持っていたところで、食べられるわけでもありませんし。」
モーリスが頷く。
「アーダポルの方がいいな。」
「あなたの場合はそうでしょうね。」
「だろ?」
「褒めてはいません。」
何人かが笑った。
エンロも微笑みながら話を戻す。
「同じ物であっても、場所が変われば価値も変わります。」
「それを欲しがる者が多く、数が少なければ、それだけ価値は高くなる。」
「皆さんの王国で、生殖可能な男性が五十人に一人しかいないのであれば。」
エンロは男たちを見渡した。
「皆さん自身が、旧文明でいう宝石や貴金属のような存在になってしまう可能性があります。」
誰も口を開かなかった。
宝石。
貴金属。
言われてみれば、分かりやすい。
美しいから大切にされる。
希少だから奪い合われる。
そして。
持ち主が売ろうと思えば、売られる。
「ですから。」
エンロは静かに続ける。
「皆さんが仰るように、今まで『不能者』であることが皆さんを守っていたのであれば。」
「私は、その立場を急いで捨てる必要はないと思います。」
「治ったからといって、それを他人へ伝えなければならない理由もありません。」
タッカーが小さく息を吐いた。
「王国の外から見ても、やっぱりそうか。」
「ええ。」
「少なくとも、今お聞きした話だけで判断するのであれば。」
エンロは頷いた。
そして、ふと思い出したように付け加える。
「ちなみに。」
「皆さんが不能者でなかったとしても、ナストロンドではそれほど特別な扱いはされなかったと思いますよ。」
「え?」
アンが聞き返す。
「ここでは、男女はおおよそ半々ですから。」
エンロは何でもないことのように言った。
「生殖能力のある男性だからといって、特別珍しい存在ではありません。」
「男は男。」
「女は女。」
「それだけです。」
誰も何も言わなかった。
あまりにも当たり前のこととして語られた言葉だった。
だからこそ。
男たちは、しばらく返す言葉を見つけられなかった。
やがてアンが頭を掻いた。
「……変なところだな、ここ。」
エンロは笑う。
「私からすれば、皆さんの王国の方が随分と変わったところに聞こえますけどね。」
「違いねぇ。」
タッカーが苦笑した。
また少しだけ、空気が緩んだ。
だが。
話はまだ終わっていない。
ミューンが周囲を見回す。
「で……。」
「本当に黙ってるとしてだ。」
「俺たち、隠せるのか?」
「何が?」
「顔だよ。」
ミューンは自分の頬を指した。
「さっきまで不能者だったんだぞ?」
「それが、いきなり違いますって言われて。」
「いつも通りの顔しろって方が無理だろ。」
何人かが顔を見合わせる。
その中でモーリスだけが、妙に口元を緩ませていた。
タッカーが指を差す。
「ほら。」
「もう一人いる。」
「何だよ。」
「ニヤニヤすんな。」
「してねぇよ。」
「してる。」
「してねぇ!」
「してるだろ。」
モーリスは慌てて口元を手で隠した。
小さな笑いが起こる。
ユーリイも苦笑した。
「まあ、態度に出るくらいは仕方ない。」
「聞かれても、余計なことを言わなきゃいい。」
「殿下たちとは、普段からそこまで話をするわけでもない。」
タッカーも頷く。
「向こうは王女殿下に近衛だ。」
「こっちは捨て石隊。」
「ここまで一緒に来たからって、急に気軽に話せる相手になったわけじゃねぇ。」
「リナは?」
アンが言う。
一瞬、全員が黙った。
「……あいつは気を付けた方がいいな。」
「何をだよ。」
「顔。」
「だからどうやって気を付けんだよ。」
また笑いが起きる。
だが、やがてミークニーが静かに口を開いた。
「問題は、それだけではありません。」
笑いが止まる。
「今ここで秘匿するとしても。」
「国へ帰れば、改めて決めなければならないことがあります。」
ユーリイが頷く。
「公表するかどうか。」
「ええ。」
「そして。」
ミークニーは仲間たちを見回した。
「実家へ帰りたい者は、どうするのか。」
部屋が静まり返った。
家。
その言葉に、何人かが目を伏せる。
追い出された者。
別れもろくに許されず軍へ送られた者。
もう二度と帰ることはないと思っていた者。
それでも。
帰りたくない者ばかりではない。
ユーリイは仲間たちの顔を一人ずつ見た。
不能者ではなくなった。
ただ、それだけでは何も決まらない。
誰に話すのか。
誰に隠すのか。
そして。
これから、どこで生きるのか。
決めなければならないことは、まだ残っていた。




