選択
誰一人、すぐには言葉を発せなかった。
「あなた方は、既に不能者ではありません。」
その一言は、二十年近く抱え続けてきた常識を、一瞬で覆してしまった。
「……嘘だ。」
最初に呟いたのはアン・ピノーだった。
「そんなこと……あるわけねぇ。」
「俺たちは不能者だ。」
「だから軍に送られた。」
「だから、ここまで生きてきた。」
エンロは静かに頷く。
「はい。」
「それは事実です。」
「皆さんは、確かに不能者でした。」
「そして、その原因を診断し、それぞれに適した治療を施しました。」
ミューンが恐る恐る尋ねる。
「本当に……。」
「本当に子どもができるようになったってことか?」
「現在の診断結果では、その通りです。」
再び静寂が訪れる。
誰も喜ばない。
喜びよりも、現実が理解できなかった。
ヨシーカ兄弟は互いの顔を見合わせる。
「「俺たち……。」」
「「不能じゃねぇのか?」」
「はい。」
モーリスは椅子へ腰を下ろした。
「じゃあ……。」
「俺たち、何だったんだよ。」
「今まで。」
誰も答えられない。
その沈黙を破ったのはミークニーだった。
「一つ、お聞きしたいことがあります。」
「はい。」
「この治療は、誰にでも行えるものなのですか?」
部屋の空気が変わった。
全員がエンロへ視線を向ける。
エンロは少しだけ考え、静かに答えた。
「可能か、不可能かで言えば、可能です。」
「ですが。」
その一言で、誰もが続きを察した。
「この施設は約二千年もの間、稼働を続けています。」
「皆さんを治療したことで、医療設備の大半は寿命を迎えました。」
「あと何名治療できるか、私にも分かりません。」
「一人かもしれません。」
「数十人かもしれません。」
「ですが、そのような不確かな状態を前提に、この施設を当てにして人を連れて来るべきではありません。」
ユーリイは静かに目を閉じた。
「……そうか。」
つまり。
自分たちは助かった。
しかし、それを奇跡として他人へ約束することはできない。
エンロは続ける。
「皆さんは運が良かったのです。」
「ナストロンドが、まだ最後の力を残していた。」
「ただ、それだけです。」
部屋の誰もが、その言葉の重さを理解した。
やがてタッカーが口を開く。
「じゃあ……。」
「このこと。」
「王女殿下たちには話すのか?」
誰も答えない。
メローペたちは、まだ何も知らない。
この事実を知れば、喜ぶだろう。
だが同時に、
治療を望む人々を次々とナストロンドへ連れて来ようとするかもしれない。
それは、エンロが最も避けたい未来だった。
ユーリイは仲間たちを見回した。
「決めなきゃならない。」
「この事実を、誰に伝えるのか。」
「そして、誰にも伝えないのか。」
部屋は再び静まり返る。
それは。
命を救われた者たちに突き付けられた、新たな選択だった。




