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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義 豊


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白蓮の姫

「これで最後になります。」


クエスの声が静かに響いた。


空中へ投影されていた映像は、ゆっくりと夕暮れ色へ染まっていく。


一面に広がる蓮の池。


風に揺れる白い花々。


水面は夕日を映し、まるで黄金色の鏡のように輝いていた。


白い衣を纏った姫は、名残惜しそうに一度だけ振り返る。


誰も言葉を発さない。


泣き崩れる者。


祈る者。


ただ頭を垂れる者。


姫は静かに微笑むと、池へ向かって歩き出した。


一歩。


また一歩。


水面へ足を踏み入れる。


やがて、その姿は夕暮れの池へ溶けるように消えていった。


誰も声を上げなかった。


映像はしばらく、風に揺れる白蓮だけを映し続ける。


やがて画面は静かに暗転した。


『――それ以来、その池では、毎年、美しい蓮の花が咲き続けていると伝えられています。』


静寂が部屋を包んだ。


誰もすぐには口を開かなかった。


最初に沈黙を破ったのはタッカーだった。


「……ちくしょう。」


ぽつりと漏れた一言。


「良い話じゃねぇか。」


ミークニーが小さく笑う。


「泣いているんですか?」


「泣いてねぇ。」


「目にゴミが入っただけだ。」


「地下施設ですよ?」


「うるせぇ!」


部屋に笑いが広がる。


ユーリイも肩を揺らした。


「でも、本当に綺麗な終わり方だった。」


「ああ。」


タッカーも頷く。


「最後に蓮の花だけ残るってのが良い。」


「姫がいなくなった寂しさと、それでも生きた証だけは毎年咲き続ける。」


「そういう終わり方なんだろうな。」


『ありがとうございます。』


クエスの声は、どこか嬉しそうだった。


『「プリンセス・オブ・ロータス」は、旧文明でも広く知られていた童話です。』


『幼い子どもへ読み聞かせられることもあれば、大人になってから改めて読み返されることも少なくありませんでした。』


ミークニーが小さく頷く。


「確かに。」


「子どもの頃と、大人になってからでは感想が変わりそうな話ですね。」


『その通りです。』


『時代や地域によっても、様々な解釈が生まれました。』


タッカーが腕を組む。


「でもさ。」


「一つだけ引っ掛かった。」


「何だ?」


ユーリイが尋ねる。


「何で一人の娘に、あんなに男が集まるんだ?」


「求婚する奴が何人もいただろ。」


「他を探せばいいじゃねぇか。」


ユーリイも苦笑した。


「そこは俺も思った。」


「姫だからって、あんなに競争になるものか?」


クエスは少し考え、


『当時の男女比は、およそ一対一でした。』


と答えた。


「一対一?」


『はい。』


『そのため、一人の女性を巡って多くの男性が求婚する物語も、ごく一般的な題材でした。』


「へぇ……。」


タッカーは頭を掻いた。


「俺にはそこが一番おとぎ話だった。」


「姫が池に消えるより?」


「そっちの方が現実味ある。」


思わず全員が笑う。


クエスも少しだけ間を置いてから話を続けた。


『文化が異なれば、心に残る場面も変わるものなのですね。』


『では、今度は私から質問してもよろしいでしょうか。』


「もちろん。」


ユーリイが答える。


『皆さんの世界にも、このように語り継がれている物語はあるのでしょうか。』


タッカーはすぐにユーリイを見た。


「ああ。」


「女の子が騎士になって、王女を守って死ぬやつ。」


ミークニーが苦笑する。


「『忠義の盾』ですか。」


「君たちらしいですね。」


『忠義の盾……。』


『どのようなお話か、聞かせてもらえますか?』


「ええ、もちろん。」


ミークニーは姿勢を正した。


語り聞かせるような、穏やかな口調になる。


「では、簡単にお話ししましょう。」


「時は今から、およそ三百年前。」


「王国を統べる女王の名はティターネ。」


「彼女には五人の娘がおりました。」


「その四女ヒュアデーネは、幼い頃から誰よりも民を想う優しい王女でした。」


「しかし、隣国との戦が始まり――」


ユーリイもタッカーも黙って聞いている。


まるで幼い頃に戻ったように。


ミークニーの語りは静かに続いた。


王女を守るため、一人の町娘の少女が剣を取ったこと。


身分を越えた忠誠。


命を賭して盾となった騎士。


そして、その生き様が三百年経った今も語り継がれていること。


語り終えると、クエスは静かに頷いた。


『ありがとうございます。』


『興味深い物語でした。』


少しだけ間を置き、再び口を開く。


『改めて、お聞きしたいことがあります。』


『皆さんのお話を伺っていて、一つ気になったことがあります。』


『物語では、王国を統べるのは女王であり、その子供たちも全員王女でした。』


『さらに、これまで皆さんから伺ったお話でも、王族だけではなく、近衛騎士や貴族、軍の要職にも多くの女性が登場しています。』


『これは物語上の設定なのでしょうか。』


『それとも、あなた方の王国では、女性が国家運営を担っているのでしょうか。』


三人は顔を見合わせた。


そして、


「……あ。」


誰からともなく、小さく声が漏れた。


当たり前すぎて、説明するという発想すらなかった。


「ああ、そうか。」


ユーリイが苦笑する。


「俺たちにとっては普通すぎて、話す必要もないことだった。」


「そういうことになります。」


ミークニーが静かに頷いた。


「私たちの国では、女性が国家を統治します。」


「女王がおり、王位を継ぐのも王女だけです。」


「貴族や軍でも、重要な地位に就くのは女性がほとんどですね。」


『なるほど。』


クエスは少しだけ考え込むように沈黙した。


『それでは、その社会が形成された理由をお聞きしてもよろしいでしょうか。』


三人の表情から笑みが消える。


ユーリイはミークニーと顔を見合わせ、小さく息を吐いた。


「そこを話すには……。」


「まず、俺たちの世界の男女比から説明しないとな。」


「そこが、今の社会を作った一番の理由だから。」


クエスは静かに頷いた。


『お願いします。』


部屋の空気が、先ほどまでとは違うものへと変わっていく。


これまで旧文明の話を聞いていた立場から、今度は自分たちの世界を語る番だった。


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