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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義 豊


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王都の新聞各社③

 ―四か月―


第四王女メローペ殿下が帰らずの樹海へ入ってから四か月。


王都では、「消息不明」という言葉が日常になっていた。


新聞売りの声も、以前ほど力強くはない。


「朝刊です。」


「最新号です。」


石畳を行き交う人々は新聞を受け取ると、一面に目を通し、それぞれの職場へと向かっていく。


もう号外は出ない。


新しい情報もほとんどない。


それでも、人々は毎朝新聞を開いた。


もしかすると、今日こそは何かが変わるかもしれない。


そんな小さな期待だけが残っていた。


◇


アンガス・トリビューン。


『第四王女殿下 捜索なお継続』


記事は変わらず事実だけを伝える。


これまで投入された捜索隊。


探索範囲。


補給状況。


そして新たな発見はないという報告。


短い記事だった。


それでも、王都で最も信頼される新聞がそう書く以上、多くの国民は現実を受け入れ始めていた。


◇


Queen News Times。


『王城 捜索継続を表明』


『第四王女殿下のご帰還を信じる』


王城の公式見解は変わらない。


希望を捨てない。


その姿勢を国民へ伝える。


それがこの新聞の役目だった。


◇


王国経済通信。


『長期捜索による国庫負担続く』


兵站。


補給。


南部街道。


数字が並ぶ。


読者もまた、それを求めていた。


◇


Kingdom Weekly。


『王都に広がる喪失感』


延期される夜会。


減っていく祝宴。


祝いの席から笑い声が少しずつ消えていく。


社交界の空気は、王都の空気でもあった。


◇


そして。


The Moon。


今日も紙面には派手な見出しが並ぶ。


『樹海に巨大魔獣出現!?』


『伯爵夫人 深夜の密会!』


『王都七不思議 地下墓地の怪』


読者は苦笑しながらページをめくる。


「またMoonか。」


「相変わらずだな。」


そんな声が市場のあちこちで聞こえる。


だが、その紙面の中央には、いつもより地味な特集記事が載っていた。


---


**帰らずの樹海生還者を追う**


本紙では、過去に樹海から生還した者への独自取材を続けている。


確認できた生還者は六名。


兵士。


狩人。


旅人。


身分も年代も異なる。


しかし、六人すべてに共通する点があった。


保護された場所である。


樹海南東部。


旧監視砦付近。


多少の誤差はあるものの、全員がほぼ同じ地点で発見されていた。


偶然なのか。


それとも理由があるのか。


本紙では、引き続き調査を続ける。


---


「珍しく真面目な記事だな。」


市場で魚を並べる男が笑う。


「Moonも極稀にこういう記事を書く。」


「まあ、普段は飛ばしばかりだけどな。」


笑いながら新聞は畳まれた。


多くの読者は、その記事を読み流した。


◇


王城。


上院会議室。


長机を囲む三十名余りの貴族。


正面には王太子アトラスが座っている。


議題は一つ。


第四王女捜索の今後について。


軍務大臣が立ち上がる。


「四か月が経過いたしました。」


「これまで幾度となく捜索隊を派遣しましたが、有力な成果はありません。」


「兵の疲弊、物資の消耗も考慮し、大規模捜索は本日をもって終了すべきかと考えます。」


異論はほとんど出なかった。


帰らずの樹海。


四か月。


あまりにも長い。


重苦しい沈黙が流れる。


「異議があります。」


静かな声だった。


立ち上がったのはローザ・ボードリー公爵。


彼女は脇に置いていた新聞を一紙ずつ机へ並べた。


アンガス・トリビューン。


Queen News Times。


王国経済通信。


Kingdom Weekly。


そして最後に。


The Moon。


その場の何人かが思わず顔を見合わせる。


「ローザ公……。」


一人の侯爵が苦笑した。


「まさか、その新聞まで読まれているのですか。」


ローザは穏やかに微笑む。


「毎朝、五紙すべてに目を通しておりますの。」


「新聞には、それぞれ役割がありますもの。」


指先がアンガスに触れる。


「事実を伝える新聞。」


Queenへ移る。


「王城の考えを伝える新聞。」


経済通信。


「国の流れを見る新聞。」


Weekly。


「社交界の空気を知る新聞。」


そして最後に。


The Moonへ指先を置いた。


会議室に小さな笑いが起きる。


ローザも肩をすくめた。


「**極稀に、いい記事を書きますの。**」


笑いはさらに少しだけ大きくなる。


「今回は、その極稀でした。」


彼女は紙面を開く。


『帰らずの樹海生還者を追う』


「この記事を書いた記者は、過去の生還者を一人ずつ探し歩いています。」


「他紙は現在を追いました。」


「この新聞だけが、過去を調べました。」


部屋が静かになる。


ローザは地図を広げた。


六つの印。


すべてが樹海南東部へ集まっている。


「六名全員が、この付近で保護されています。」


先ほどまで笑っていた貴族たちも、自然と身を乗り出していた。


「偶然かもしれません。」


ローザは静かに続ける。


「ですが、私は偶然として切り捨てるには惜しい情報だと思いました。」


軍務大臣が口を開く。


「……では、どうされるおつもりですか。」


「大規模捜索は終了して構いません。」


ローザは頷く。


「ですが駐屯地だけは、この地点へ移してください。」


地図の一点を指差す。


「そして二か月。」


「待つのです。」


沈黙。


ローザは居並ぶ貴族たちを見渡した。


「皆さん。」


「もし第四王女殿下がお戻りになるのでしたら──」


指先はなおも同じ場所を示している。


「**現れるのは、この場所です。**」


アトラスは地図と新聞を静かに見比べた。


やがて短く頷く。


「……提案を採用します。」


「駐屯地を移設してください。」


その日、一つの決定が下された。


王都の多くの人々は知らない。


王国最大の新聞でも。


王城の広報紙でも。


経済紙でも。


週刊誌でもなく。


普段は下世話な話題で笑われる一紙の記事が、王国の軍を動かしたことを。


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