夜の散歩
EP146 夜の散歩
昼時の食堂は、今日も賑わっていた。
昼食を終えたメローペ達は、窓際の席で穏やかな時間を過ごしている。
そこへ勢いよく食堂の扉が開いた。
顔を覗かせたのはカナ・マイテンだった。
「──ああ、いたいた。」
きょろきょろと辺りを見回し、メローペ達を見つけると一直線に歩いてくる。
「あなた達、今夜何か用事ある?」
突然の問いに、マルグリットが僅かに眉をひそめた。
何か企んでいるのではないか。
そんな表情だった。
それを横目で見たメローペは、軽く微笑んで制する。
「いえ、私達は今夜は特に予定はありません。」
「そう?」
カナはぱっと表情を明るくした。
「良かったぁ! だったら夕食後、涼しい格好してここで待ってて。」
オーレリアが首を傾げる。
「私達をどこへ連れて行ってくださるのかしら?」
カナはいたずらっぽく笑う。
「良いとこ。きっと気に入ってくれるはずよ。」
メローペも自然と笑みを浮かべた。
「楽しみにしていますね。」
「うん!」
カナはメローペへ軽くウインクすると、そのまま手を振って食堂の奥へ歩いていった。
◇ ◇ ◇
食堂の反対側では、ユーリイ達が昼食を囲んでいた。
カナはその輪へ近付く。
「ねぇ、あなた達今夜空いてる?」
タッカーが笑う。
「空いてねぇ。お前さんの親父と飲み会だ。」
ヨシーカとヤースの双子も揃って頷く。
「もちろん参加。」
「今日は負けねぇ。」
「男どもは飲み会かい?」
カナは肩を落とした。
「せっかく良いもの見せたげようと思ったのに。」
ユーリイが顔を上げる。
「良いもの?」
「良いもの。」
カナはにやりと笑う。
「何かはここじゃ言わない。」
ユーリイは少しだけ考えた。
「なら、俺はカナと良いものを見ることにする。他に付き合う奴はいるか?」
「なら、私もご一緒しましょう。」
答えたのはミークニーだった。
ユーリイが少し驚いたように笑う。
「珍しいな。いつもの勉強はいいのか?」
「たまにはね。」
ミークニーも微笑む。
「で、カナ。いつ、どこに集まれば良いんですか?」
「夕食後、この食堂。」
「涼しい格好で来てね。」
「迎えに来るから。」
「わかった。」
「わかりました。」
そのやり取りを聞いていたマースが口を開く。
「僕も行こうかな。」
すると横からミトゥが勢いよく立ち上がる。
「えっ!? マースも行くの? じゃあ俺も!」
マースが笑う。
「お前も来るのか。」
「だって『良いもの』って言われたら気になるだろ!」
食堂中から笑い声が上がった。
カナも苦笑しながら頷く。
「じゃあ決まり!」
◇ ◇ ◇
夕食を終えた一同は食堂へ集まっていた。
メローペ。
オーレリア。
マルグリット。
ジゼル。
マチアド。
イヴェット。
クレール。
リナ。
ユーリイ。
ミークニー。
マース。
ミトゥ。
そして、村の子供達も数人。
夕暮れの空は群青色へ変わり始めていた。
「みんな揃ったね。」
カナは人数を数えるように見回す。
「じゃあ、行こう。」
子供達が嬉しそうに駆け出す。
「こらこら。」
カナが笑いながら呼び止めた。
「走ると転ぶよ。」
「はーい!」
元気な返事が返ってくる。
◇ ◇ ◇
「暗いから足元気を付けてね。」
まだ空には僅かな明るさが残っていた。
ランタンがなくても人影くらいは分かる。
しかし歩くたび、空は少しずつ夜へ染まっていく。
小さなランタンの灯りを頼りに、一同は村の外れへ向かった。
辺りでは様々な虫が鳴いている。
風が草を揺らし、小川のせせらぎが静かに耳へ届く。
子供達は何が始まるのか分からず、小声で話しながら歩いていた。
十分ほど歩いただろうか。
施設の灯りはもう届かない。
穏やかな小川のほとりでカナが足を止めた。
その頃には最後の夕焼けも空から消え、辺りは宵闇に包まれていた。
「ここ。」
振り返ったカナが小さく笑う。
「じゃあ、明かり消すからね。」
一つ。
また一つ。
ランタンの火が消えていく。
最後の灯りが消えた瞬間。
世界は闇だけになった。
思わずメローペが息を呑む。
その周囲へ自然と近衛達が立つ。
静寂。
聞こえるのは虫の声と、水の流れる音だけ。
……
……
その時だった。
ふわり。
闇の中へ、小さな光が一つ浮かぶ。
また一つ。
さらにもう一つ。
まるで夜空の星が地上へ舞い降りてきたように、小さな光が次々と現れていく。
「あっ!」
子供の一人が思わず声を上げた。
「いた!」
「こっちにも!」
歓声を上げながらも、カナに「静かにね」と指で口元を示され、子供達は慌てて口を押さえる。
それでも嬉しさを隠せず、小さく跳ね回る。
光は逃げることなく、草むらの上をゆっくりと漂う。
気が付けば、小川一帯が柔らかな光に包まれていた。
「うわぁ……。」
ミトゥが思わず声を漏らす。
「すげぇ……。」
ジゼルは目を輝かせていた。
「ランピリダエですね。」
「雄が雌へ求婚するために光る昆虫だと書物で読んだことがあります。」
「ですが……実際に見るのは初めてです。」
カナは嬉しそうに頷いた。
「私達はランパダイタイって呼んでる。」
「昔のある文化圏では、現地の言葉で『ホタル』とも呼ばれていたらしいよ。」
「ホタル……。」
ユーリイはその言葉を静かに繰り返した。
目の前では子供達が小さな歓声を上げながら光を追い掛けている。
ミトゥも思わず一歩踏み出し、
「おっ、待て待て!」
と子供達に混ざろうとした。
「こら。」
カナに腕を掴まれる。
「あんたは子供じゃない。」
「いや、ちょっとくらい良いじゃん!」
そのやり取りに周囲から笑いが漏れる。
その笑い声を聞きながら、ユーリイはふと視線を上げた。
小川の向こう。
無数のホタルに囲まれながら、メローペが静かに光を見つめている。
柔らかな金色の髪の周りを、小さな光がゆっくりと舞う。
その姿は、まるで一枚の絵画のようだった。
「ホタル……。」
ユーリイはもう一度だけ、小さく呟く。
ただ、その光景を静かに目に焼き付ける。
それだけだった。
この夜の出来事は、誰にとっても穏やかで美しい思い出となり、
ずっと先の未来になっても、ふとした瞬間に思い返す、
ナストロンドでの忘れられない一夜となるのだった。




