知識の蒐集者②
「……相変わらず凄い書き込みね。」
聞き慣れた声に、ジゼルの肩が跳ねた。
「あっ!」
「殿下!」
慌てて立ち上がろうとする。
メローペは小さく手を振った。
「いいの。」
「そのまま続けて。」
ジゼルは恐縮しながら席へ座り直す。
「何を調べていたの?」
「国家運営です。」
「政治。」
「法。」
「宗教。」
「経済。」
「教育。」
「税制。」
「……色々ですね。」
メローペは机の上へ積まれた記録帳を一冊手に取る。
ページをめくる。
細かな文字。
注釈。
矢印。
余白まで埋め尽くされた考察。
さらにページをめくる。
また次。
そしてまた次。
思わず息を呑んだ。
「凄いわね。」
「よく、この短期間でここまで調べ上げたものね。」
ジゼルは照れくさそうに笑う。
「まだまだです。」
「時間がいくらあっても足りません。」
そう言うと、再びクエスの画面へ目を向けた。
「これなんて、本当に凄い制度です。」
画面には福祉制度の資料が映し出されている。
「国民皆保険制度。」
「生活保護制度。」
「運用には様々な問題もあったようですが。」
「弱者救済制度としては、とても優れていたと考えられます。」
「国は。」
「強い人だけを守れば良い訳ではありません。」
「弱い人も守って。」
「初めて国家なんだと思います。」
そこでようやく我に返ったように顔を上げた。
「あっ……。」
「す、すいません!」
「王国を批判している訳では……。」
メローペは静かに微笑んだ。
「いいの。」
「私は私たちの国が好きよ。」
「でも。」
「問題が無い訳ではないわ。」
少しだけ視線を落とす。
「飢え。」
「貧困。」
「汚職。」
「身分による不平等。」
「今も苦しんでいる人たちはいるもの。」
ジゼルは黙って頷いた。
メローペは記録帳へ視線を戻す。
「それにしても。」
「あなたは過去を記録しているけれど。」
「いつも見ているのは未来なのね。」
ジゼルは少し驚いたように目を瞬かせた。
やがて照れくさそうに笑う。
「過去は変えられませんから。」
「でも。」
「過去の失敗も。」
「成功も。」
「未来を作るための道標にはなります。」
少しだけ頬を掻く。
「私は。」
「飢える人も。」
「悲しむ人も。」
「苦しむ人も。」
「一人でも少ない未来を作りたいんです。」
照れ笑いを浮かべる。
「……少し格好を付け過ぎましたね。」
メローペは静かに首を横へ振った。
「いいえ。」
「素敵な夢だと思うわ。」
少しだけ間を置いて、穏やかに続けた。
「決めた。」
ジゼルは首を傾げる。
「え?」
「王都へ戻ったら。」
「軍を退きなさい。」
「そして女学院へ入りなさい。」
「私名義で推薦状を書くわ。」
「奨学金も用意しましょう。」
ジゼルは言葉を失った。
「……ほ、本当ですか?」
「ええ。」
「だから。」
「そこで思う存分学びなさい。」
「王都へ戻れば。」
「あなたは、きっともっと忙しくなるわ。」
ジゼルの目に涙が滲む。
「……ありがとうございます。」
メローペは優しく微笑んだ。
「私も。」
「あなたが願うような。」
「飢えや苦しみの少ない国を築けるよう。」
「努力しなくてはね。」
静かな情報センター。
再びクエスの画面が淡く輝き始める。
ジゼルは新しいページを開いた。
未来へ繋がる一頁を、静かに書き記すために。




