農業父娘③
エンロは小さく苦笑した。
「……失礼。」
「人選を間違えました。」
ストレップが眉をひそめる。
「何だと。」
「あなたは畑では誰より頼りになります。」
「ですが。」
「説明は少々苦手でしょう。」
部屋に小さな笑いが広がる。
エンロは少女へ視線を向けた。
「カナ。」
「お願いします。」
カナは一瞬だけ父を見る。
ストレップは照れくさそうに鼻を鳴らした。
「……頼む。」
「はい!」
カナは嬉しそうに一歩前へ出た。
「じゃあ、まず一番大事なお話から始めますね。」
「良い種だけあっても、良い作物は育ちません。」
オーレリアが首を傾げる。
「どういうこと?」
「畑には栄養が必要だからです。」
「肥料ってご存じですか?」
「家畜の糞の事?」
「はい。でも、それだけじゃありません。」
「枯葉も、卵の殻も、骨粉も、麦ふすまも、すべて土を豊かにします。」
「植物によって必要な栄養は違います。」
「私たちは、**スティックストフ、フォスファート、カリ**。」
「この三つを特に大切にしています。」
オーレリアは聞き慣れない言葉を繰り返した。
「スティックストフ……ですか?」
「ええ。」
「植物が元気に育つために必要な栄養です。」
「それに、マグネージウムやカルシウム、その他にも様々なミネラルが土を生かします。」
「私たちが健康でいるために、色々な食べ物を食べるでしょう?」
「野菜も同じなんです。」
ミークニーは興味深そうに頷いた。
「植物にも栄養の偏りがあるんですね。」
「はい。」
「だから同じ畑でも毎年同じ作物ばかり植え続けると、特定の栄養だけが失われます。」
「すると野菜の育ちが悪くなる。」
「これが連作障害です。」
ストレップが短く口を開く。
「土が疲れる。」
カナは苦笑する。
「父はいつもそう言うんです。」
「でも土が疲れるって、そういう意味なんですよ。」
オーレリアは感心したように息を吐く。
「だから違う作物を植えるのね。」
「はい。」
「これを輪作と言います。」
「畑を休ませることも大切なんです。」
ストレップは続けた。
「畑は生き物だ。」
「使うだけじゃ駄目だ。」
「返してやる。」
ユーリイは静かに頷く。
「人間と同じだな。」
「働かせるだけじゃ壊れる。」
「休ませなきゃならない。」
ストレップは珍しく笑った。
「その通りだ。」
カナは続ける。
「あと、接ぎ木という方法もあります。」
メローペが首を傾げる。
「接ぐ?」
「丈夫な木へ、美味しい実がなる枝を繋ぐんです。」
「そうすると、病気に強くて、美味しい実も採れる。」
「そんな良いところ取りが出来ます。」
ミークニーが思わず口を開く。
「医療にも似ていますね。」
「良いところを生かすという意味では。」
「ええ。」
「植物も工夫次第で、もっと丈夫になれるんです。」
ストレップが一言だけ付け加える。
「見極める目が要る。」
カナはさらに話を続けた。
「それから、相性の良い植物を近くへ植える方法もあります。」
オーレリアが驚く。
「植物にも相性があるの?」
「あります。」
「一緒に植えることで害虫が減ったり。」
「土を元気にしてくれたり。」
「逆に、一緒に植えない方がいい組み合わせもあります。」
ストレップが鼻を鳴らす。
「喧嘩する奴もいる。」
部屋に笑いが広がった。
「そして。」
「土地によっては一年に二回収穫する二期作も出来ます。」
「もちろん。」
「気候や水、それに土が合えばですけど。」
ストレップはゆっくり皆を見回した。
「だから。」
「農業は畑だけじゃない。」
一本ずつ指を折る。
「土。」
「水。」
「太陽。」
「風。」
「虫。」
「獣。」
「人。」
「全部繋がってる。」
カナが父の言葉を受け継ぐ。
「だから父は。」
「農業は畑仕事じゃない。」
「国づくりだって、いつも言うんです。」
部屋が静まり返った。
エンロは静かに頷く。
「その通りです。」
「国は剣だけでは守れません。」
「民を飢えさせないこと。」
「それもまた、国を守るということなのです。」
誰も言葉を返さなかった。
ただ一人。
ストレップだけが照れくさそうに頭を掻いた。
「……俺は。」
「畑を耕してるだけなんだがな。」
その言葉に、誰も同意する者はいなかった。




