農業父娘②
ストレップは壁へ映し出された世界地図をしばらく眺めていた。
やがて腕を組む。
「……なるほどな。」
誰へ言うでもない独り言だった。
ユーリイが苦笑する。
「何か分かったのか。」
「分かった。」
それだけ答える。
再び黙る。
カナは苦笑しながら頭を下げた。
「すみません。」
「父は頭の中で全部整理してからじゃないと喋らないんです。」
ストレップは娘を横目で見る。
「急かすな。」
「今まとめてる。」
カナは肩を竦めた。
「ほら。」
「こういう人なんです。」
その様子に部屋の空気が少し和らいだ。
やがてストレップが地図を指差す。
「アーダポル。」
「良い作物だ。」
「痩せた土地でも育つ。」
「寒さにも強い。」
「収穫量も多い。」
「何より地下で育つ。」
ユーリイが首を傾げる。
「地下?」
「戦になれば畑は焼かれる。」
「だが。」
「地面の下までは焼けん。」
部屋が静まり返る。
「少しでも掘り残せば。」
「翌年また芽を出す。」
オーレリアが小さく呟いた。
「だから飢饉に強い……。」
ストレップは無言で頷く。
今度は茶色の地域を指差した。
「エイクル。」
「保存食だ。」
「炒れば食える。」
「乾かせば何年も保つ。」
「植えれば森になる。」
「森は薪になる。」
「家になる。」
「獣も増える。」
「全部繋がってる。」
カナが嬉しそうに補足する。
「父はよく言うんです。」
「畑だけ見ちゃ駄目。」
「十年後。」
「二十年後。」
「五十年後の山まで考えろって。」
ストレップは少し照れくさそうに鼻を鳴らした。
最後に黄色い地域を見る。
「マイス。」
「これは国を豊かにする。」
「人も食う。」
「家畜も食う。」
「粉にもなる。」
「保存も利く。」
「収穫も多い。」
「これ一つで国力が変わる。」
ユーリイは腕を組む。
「でも。」
「今は手に入らない。」
「……そうだ。」
ストレップは短く答えた。
「残念だがな。」
しばらく沈黙が続く。
やがてストレップは振り返る。
「だが。」
「作物だけあっても意味はない。」
オーレリアが聞き返す。
「どういうこと?」
「良い種でも。」
「駄目な畑じゃ育たん。」
一本一本指を折る。
「土地を改良する。」
「水を引く。」
「水を逃がす。」
「肥料を入れる。」
「連作は避ける。」
「違う作物を回して植える。」
「接ぎ木で丈夫にする。」
「相性の良い植物を近くへ植える。」
「必要なら二期作も考える。」
カナが続ける。
「あと。」
「その土地に合う品種を育てることも大事です。」
ストレップは珍しく笑った。
「そうだ。」
「娘の言う通りだ。」
クエスが静かに補足する。
『旧世界でも同様の農法が採用されていました。』
『農業は作物だけではありません。』
『土壌。』
『水。』
『気候。』
『技術。』
『人。』
『その全てが揃って初めて安定した食料生産が成立します。』
ストレップはゆっくり頷いた。
「だから。」
「農業は国造りなんだ。」
その一言に誰も返事をしなかった。
いや。
返事をする必要がなかった。
この男は畑の話をしている。
だが、その言葉は国家そのものを語っていた。




