飢饉と飢餓②
『ベルーカ飢饉は東皇歴四〇七〇年代から四一七〇年代にかけて発生した、六度の大飢饉の総称です』
『死者総数は一〇〇〇万人を超えたと記録されています』
誰も言葉を発しなかった。
あまりにも現実味のない数字だった。
ジゼルが静かに口を開く。
「原因は何だったの?」
『当時、インジー国はブリーチンの統治下にありました』
『農地の多くは食料生産ではなく、綿や麻などの商品作物の栽培へ転換されていました』
『また、一部地域では麻薬性植物コクリコット・フラウの栽培も推進されています』
「食べる物より、お金になる作物を作らせたのね」
『はい』
『結果として国内の食料自給率は年々低下しました』
『その状況下で二度の記録的冷害が発生』
『国内の備蓄は急速に底を尽きました』
『死者一〇〇〇万人のうち、およそ七〇〇万人はこの時期に集中したと記録されています』
オーレリアは眉をひそめた。
「誰も止められなかったの?」
『当時の統治政府は救済を試みました』
『しかし』
『輸送能力』
『備蓄不足』
『政策判断の遅れ』
『そして統治地域の広さ』
『これら複数の問題により十分な成果を得られませんでした』
ジゼルは続けて尋ねる。
「その後、その国は?」
『飢饉終息後』
『統治国ブリーチンへの反感は急速に拡大』
『各地で武装蜂起が発生しました』
『長期間の内戦を経て、インジー国は再び独立自治を回復しています』
「飢えが国を独立へ向かわせた……」
『正確には』
『飢えによって国民が既存の統治を信頼しなくなった結果です』
静寂が流れる。
オーレリアは画面を見つめたまま小さく呟いた。
「次をお願い」
画面が再び切り替わる。
『ジャポーナ四大飢饉』
『東皇歴三九四〇年代から四一四〇年代にかけて発生した四度の大飢饉の総称です』
『タイエイの飢饉』
『セイリュウの飢饉』
『イオーネの飢饉』
『イトヨカの飢饉』
「四回も……」
『はい』
『それぞれ発生原因は異なります』
『芙蓉峰の噴火』
『冷害』
『干ばつ』
『虫害』
『さらに、一部では灌漑政策や開墾計画の失敗も被害を拡大させました』
『自然災害だけではありません』
『人災の側面も持っています』
「つまり……」
オーレリアは腕を組む。
「同じ飢饉でも原因は全部違う」
『はい』
『飢饉を単一の原因で説明できた事例は確認されていません』
『自然』
『農業』
『物流』
『政治』
『経済』
『それら複数の問題が重なり、初めて国家規模の飢餓へ発展しています』
ジゼルが静かに息を吐く。
「その後、ジャポーナは?」
『国内では一揆と呼ばれる武装蜂起が頻発しました』
『各地で反乱が発生』
『時の支配者であった統治大将軍は急速に求心力を失います』
『皇帝へ統治権を返還すべきとする勢力との内乱を経て』
『第二十代統治大将軍 山縣帯刀は、ジャポーナ皇帝へ統治権のすべてを返上しました』
オーレリアが首を傾げる。
「将軍が国を治めていたの?」
『統治大将軍は皇帝より統治権を委任された役職です』
『時代によっては皇帝以上の権力を持ったとも言われています』
『しかし』
『制度上、皇帝を超える存在ではありませんでした』
「……不思議な国ね」
『旧文明には様々な統治制度が存在しました』
オーレリアはしばらく黙って考え込んでいた。
三つの飢饉。
原因は違う。
国も違う。
時代も違う。
それでも結末はよく似ていた。
国が弱り。
民が苦しみ。
政治が揺らぎ。
最後には戦が起こる。
「クエス」
オーレリアがゆっくり顔を上げた。
「……どうすれば、国は民を飢えさせずに済むの?」




