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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊


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飢饉と飢餓①

情報センターの壁一面に広がる地図を見つめながら、リュシエンヌは腕を組んだ。


「……凄いわね」


見慣れた大陸の輪郭。


だが、どこか違う。


王国より遥か北まで街が続き、海には無数の航路が描かれている。


山脈には名前があり、大河には流域人口まで表示されていた。


「現在の地図ではありませんね」


隣に立つジゼルが静かに言う。


クエスの柔らかな声が響いた。


『はい。最終更新日は東皇歴四五〇二年です』


「つまり……」


「二千年以上前の世界」


オーレリアが小さく呟く。


『はい。現在から約二千年前の地図情報となります』


「二千年前で、ここまで正確に地図を作っていたのね……」


その技術力に、誰も言葉を失った。


リュシエンヌは表示を切り替えながら感心したように笑う。


「街道だけじゃない。川の水深、港の規模、人口、農地まで……」


「これが残っていれば戦争なんて……」


そこまで言って、彼女は口を閉ざした。


二千年。


どれほど正確な地図でも、今ではほとんど意味を失っている。


海岸線は変わり。


街は滅び。


国境は消えた。


それでも。


「……これだけの情報を残そうとしたのね」


ジゼルがぽつりと漏らした。


誰かが未来へ託そうとした証。


それだけは、今もここに残っていた。


「クエス」


オーレリアが前へ出る。


「この世界では、過去に大きな飢饉はあったの?」


『検索します』


僅かな間。


目の前の表示が切り替わる。


『大規模飢饉』


『該当件数 一三二件』


「そんなに……」


『死者百万人以上に限定しますか』


「ええ」


『該当件数 一七件』


誰も息を呑む。


百万人。


その数字だけで十分だった。


『なお、古代にも飢饉は多数存在したと考えられています』


『しかし、当時の人口統計および食料生産記録が不完全なため、被害規模を正確に算出できません』


「記録が残っている中で、ということね」


『はい』


「代表的なものを教えて」


『承知しました』


画面には三つの名称が浮かび上がった。


イールランド小麦飢饉


インジー国ベルーカ飢饉


ジャポーナ四大飢饉


「まず、一つ目からお願い」


『イールランド小麦飢饉は東皇歴四一四〇年代に発生しました』


『当時、国内の主要穀物であった小麦品種ファルケンに特化した細菌性病害が発生し、全国規模で収穫量が激減しました』


『耐病性品種が存在しなかったこと』


『そして、単一品種への依存率が極めて高かったことから被害は急速に拡大しました』


『この飢饉により、およそ百五十万人が死亡したと記録されています』


部屋に静寂が落ちる。


「……百五十万人」


オーレリアは数字を繰り返した。


「小麦だけで?」


『はい』


『主要穀物への依存率が極めて高かったためです』


「つまり、一つの作物に頼り過ぎた」


『その認識で問題ありません』


ジゼルがすぐに尋ねる。


「その後、その国はどうなったの?」


『飢饉終息後、多数の国民が国外へ移住しました』


『国力は著しく低下』


『その後発生した内戦により統一国家としての機能を失います』


『最終的には隣国ブリーチンへ併合吸収されました』


オーレリアは黙ったまま地図を見つめていた。


「……飢饉だけで国が滅んだの?」


『いいえ』


『飢饉は引き金です』


『食料不足による経済悪化』


『統治能力の低下』


『地方領主との対立』


『内乱』


『外敵の侵攻』


『これら複数の要因が連鎖した結果です』


オーレリアは静かに息を吐いた。


「次をお願い」


『インジー国ベルーカ飢饉』


再び画面が切り替わる。


『ベルーカ飢饉は東皇歴四〇七〇年代から四一七〇年代にかけて発生した、六度の大飢饉の総称です』


『死者総数は一〇〇〇万人を超えたと記録されています』


誰も言葉を発しなかった。


あまりにも現実味のない数字だった。


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