古代遺跡⑥
翌朝。
まだ陽が昇りきる前だというのに、村は静かに動き始めていた。
畑へ向かう者。
家畜の世話をする者。
朝食の支度をする者。
誰も慌ててはいない。
それでも、それぞれが自分の役目を知っているようだった。
「おはよう。」
エンロが手を振る。
「よく眠れた?」
「ああ。」
「久しぶりに、夜中に目を覚まさなかった。」
ユーリイが答える。
それを聞いたエンロは少しだけ嬉しそうに笑った。
「それは良かった。」
「身体は、ちゃんと安心できる場所だって分かったんだろうね。」
朝食を終えると、ユーリイはふと窓の外を見た。
「あれ。」
村の外れ。
昨日まで気づかなかった場所に、小さな石碑が静かに並んでいる。
「墓か。」
エンロは静かに頷いた。
「そう。」
「この村で生きた人たち。」
「そして、この村を造った祖先たちが眠っている。」
ユーリイはしばらくその場所を見つめていた。
子どもたちの笑い声が聞こえる。
畑では誰かが鍬を振るっている。
鳥が鳴く。
生きている村のすぐ隣に、静かな墓所があった。
「毎日、手を合わせるのか。」
「うん。」
「感謝を伝えにね。」
エンロは少し照れくさそうに笑う。
「別にお願い事をするわけじゃない。」
「ここまで命を繋いでくれて、ありがとうって。」
ユーリイは何も言わなかった。
戦場では、埋葬すらできなかった仲間が何人もいた。
名前さえ残らなかった者もいる。
その姿が脳裏をよぎる。
「……羨ましいな。」
ぽつりと漏れたその一言に、エンロは何も聞かなかった。
ただ静かに隣へ立つ。
風が吹く。
草が揺れる。
その風は、樹海で感じたものとはまるで違っていた。
「きゃっきゃっ」
楽しそうな笑い声が聞こえる。
リナの視線の先では、子どもたちが元気よく駆け回っていた。
その姿をぼんやりと見つめながら、ゆっくりと目を閉じる。
ナターシャ。
最後に交わした言葉が、今も耳の奥に残っていた。
「……ちゃん。お姉ちゃん!」
「……え?」
ようやく自分が呼ばれていたことに気づき、リナは顔を上げる。
目の前には、小さな女の子が立っていた。
「何?」
女の子は満面の笑みで、小さな焼き菓子を差し出した。
「これ!」
マフィンの上には、赤いジャムがたっぷりとのっている。
「美味しいよ。」
「タッカーが焼いたの。」
「タッカーが?」
思わず聞き返す。
「うん!」
女の子は嬉しそうに何度も頷く。
「ここじゃエリスが一番上手なんだよ。」
「でもね、タッカーも同じくらい上手なの!」
リナは小さく笑い、マフィンを一口かじる。
甘酸っぱい果実の香りと、優しい甘さが口いっぱいに広がった。
「……美味しい。」
女の子は嬉しそうに顔を輝かせる。
「ねー?」
遠くから、聞き覚えのある大きな声が響いた。
「おい、ユーリイ!」
「ここ、パンのレシピだけじゃないぞ!」
「ジャムも菓子も料理も載ってる!」
「すげぇ!」
村中に響くその声に、子どもたちがくすくすと笑う。
リナも思わず吹き出した。
樹海では補給のことばかり考えていた男が、今では焼き菓子に夢中になっている。
その姿がおかしくて。
そして少しだけ、嬉しかった。
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